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今昔物語集

巻3第33話 仏入涅槃給後摩耶夫人下給語 第(卅三)

今昔、仏1)、涅槃に入給ぬれば、阿難、仏の身を殯奉(かりもがりしまつり)て、忉利天に昇て、摩耶夫人に、「仏、既に涅槃に入給ぬ」と告ぐ。摩耶夫人、阿難の言を聞て、泣き悲むで、地に倒れぬ。

良(やや)久く有て、諸の眷属を引将て、忉利天より沙羅双樹の本に下り至り給ひぬ。仏の棺を見奉て、亦悶絶して、地に倒れ臥しぬ。水を以て面に灑ぐに、即ち蘇て、棺の所に行て、泣々く礼を成て、此の言を成さく、「我れ、過去の無量劫より以来、仏と母子と成て、未だ曾て離れ奉る事無かりつ。而るに、今、既に滅度し給ひぬれば、相ひ見奉らむ事、永く絶ぬ。悲哉」と。

諸の天人は、微妙の花を以て、棺の上に散じ奉り。亦、摩耶夫人、仏の僧伽梨衣及び錫杖を、右の手に取て、地に投るに、其の音、大山の崩るるが如し。亦、摩耶夫人、宣はく、「願くは、我が子、仏、此の諸の物を空く主る事無くして、幸に天人を度し給へ」と。

其の時に、仏、神力を以て、故(ことさら)に棺の蓋を自然(おのづから)に開かしめて、棺の中より起き出給て、掌を合せて、摩耶夫人に向ひ給ふ。御身の毛の孔より、千の光明を放ち給ふ。其の光の中に、千の化仏、坐し給ふ。仏、梵声を出して、母に問て宣はく、「諸の行は、皆此の如し。願くは、我が滅度しぬる事を歎き悲て、泣啼し給ふ事無かれ」と。

其の時に、阿難、仏の此の如く棺より起き出給へるを見て、仏に白して言さく、「若し、後世の衆生有て、『仏、涅槃に入給ふ時は、何事をか説き給ひし』と問ふ事有らば、何が答ふべきぞ」と。仏、阿難に告て宣はく、「汝が答ふべき様は、『仏、涅槃に入給ひし時、摩耶夫人、忉利天より下り奉り給ひしに、仏、金の棺より起き出給て、掌を合せて、母に向て、母の為、及び後世の衆生の為に、偈を説き宣ひぬ』と語るべし」と。

此れを『仏臨母子相見経』と名付く。此の事を説畢り給て後、母子別れ給ひにけり。其の時に、棺の蓋、本の如く覆はれにけりとなむ、語り伝へたるとや。

1)
釈迦
text/k_konjaku/k_konjaku3-33.txt · 最終更新: 2016/07/19 12:44 by Satoshi Nakagawa
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