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text:k_konjaku:k_konjaku3-29

今昔物語集

巻3第29話 仏入涅槃給時受純陀供養給語 第(廿九)

今昔、仏1)、涅槃に入給はむと為る時に、其の座に一人の優婆塞有けり。名をば純陀と云ふ。此れ拘尸那城の工巧の子也。

其の同類十五人と共に、座を起て、仏の御許に進み参て、仏に向ひ奉て、掌を合せて、涙を流し悲むで、礼拝し奉て、仏及び大衆に白して言さく、「願はくは、仏、我等を哀び給て、我等が最後の供養を受給へ。仏涅槃に入給ひなむ後は、我等を更に哀て、助け済ふ人有らじ。我等、貧窮にして、飢へ困まむ事、堪難かるべし。此れに依て、我等、『仏に随ひ奉て、将来の食を求めむ』と思ふ。願くは、我等を哀び給て、少供養を受給て後、涅槃に入給へ」と。

其の時に、仏、純陀に告て宣はく、「善哉。我れ、汝が為に、貧窮を除(さり)て、汝が身に無上の法を雨(ふら)して、法力を生ぜしめて、汝に檀婆羅蜜を具足せしめむ」と。其の時に、御弟子の比丘等、此れを聞て、皆歓喜して、音を同くして讃(ほめ)て云く、「善哉、々々、純陀。仏、既に汝が最後の供養を受給へり。汝は此れ実の仏子也」と。亦、仏、純陀に告て宣はく、「汝ぢ、我れ及び比丘等に供養を施し奉る事、当に只此の時也。我れ、只今涅槃に入なむとす」と。此の如く、三度宣ふ。

其の時に、純陀、仏の御言を聞畢て、音を挙て叫て、亦大衆に申さく、「今、諸の人、相共に五体を地に投て、音を同くして、『仏、涅槃に入給ふ事無かれ』と勧め給へ」と。其の時に、仏、純陀に告て宣はく、『汝、叫び哭く事無かれ。自然ら、其の心乱る。我れ、汝及び一切衆生を哀ばむが為に、今日涅槃に入なむとす。一切の法は久しからずして、皆滅有り」と宣て、仏、眉間より青・黄・赤・白・紅・紫等の光を放て、純陀が身を照し給ふ。

純陀、此の光に値ひ奉り畢て、諸の餚饍を持て、仏の御許に近付き参て、泣き悲て、白して言さく、「仏、猶我等を哀び給はむが故に、命を一劫に住し給へ」と。仏、答て宣はく、「汝、我れを『世に久く有らせむ』と思はむよりは、速に最後に檀婆羅蜜を行ふべし」と。

其の時に、一切の菩薩・天人・諸の異類の衆会、同音に唱へて云く、「純陀は大福を成ぜり。我等は、福無して、儲たる所の供具、皆空し」と。其の時に、仏、此の異類の衆会の願を満て給はむが為に、一々の毛孔より、無量の仏、出給へり。其の一々の仏に、各無量の比丘僧有て、此の異類の衆会の供養を受く。但し、仏は自ら御手を指し延て、純陀が奉る所の供養を受給てけり。

其の供物、員(かず)八石に成て、摩竭提国に満てり。仏の神力を以ての故に、皆諸の衆会の大衆に充つるに、皆足にけりとなむ、語り伝へたるとや。

1)
釈迦
text/k_konjaku/k_konjaku3-29.txt · 最終更新: 2016/07/17 11:51 by Satoshi Nakagawa