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text:k_konjaku:k_konjaku3-23

今昔物語集

巻3第23話 跋提長者妻慳貪女語 第(廿三)

今昔、天竺に一人の長者有り。跋提と云ふ。仏の御弟子、迦葉・目連・阿那律等の教化に依て、邪心を捨て、善の道に趣にけり。其の妻に一人の女有り。慳貪女と云ふ。人に物を惜む事、眼を守るが如し。常には、金銀の帳の内にして、煎餅を造て、此れを愛して食とす。

其の時に、仏の御弟子に賓頭盧尊者と申す人有り。此れは、仏の御父方の従父の弟也。賢相第一の人也。彼の慳貪女が極て邪見なるを教化せむが為に、彼の女の家に至ぬ。門を閉1)たれば、神通を以て、空より飛入て、鉢を捧て、此の女の煎餅を食ふ所に至て、煎餅を乞ふ。女、深く惜て、更に供養し奉らず。朝より未時まで立て乞ふに、女の云く、「譬ひ立死し給とも、我れ更に供養せじ」と。

其の時に、尊者、倒れて死給ぬ。忽に臭(くさ)き香、家の内に満て、上下の人、騒合へる事限無なし。女人を催て、曳捨むと思て、先づ、三人を以て曳するに、動かず。数人を加つつ曳するに、動かず。百千人を以て曳するに、弥よ重く成て動かず。臭き香、弥よ堪難し。女、尊者に向て、呪(いのり)て云く、「汝ぢ和上、蘇生し給へらば、我れ、煎餅を惜しまずして与へ申さむ」と。

其の時に、尊者、忽に蘇生して、立て、又乞ふ。女の思ふ様、「供養せずば、又もぞ死ぬる」と思て、鉢を取て、煎餅二枚を与ふるに、鉢に煎餅五枚有り。女、三枚をば取返さむと為る程に2)、相ひ互に鉢を曳しろふ。其の時に、和上、手を放て、鉢を捨つ。其の鉢、忽に女の鼻に付ぬ。取て去(のけん)と為るに、更に落ちず。灸を居(すゑ)たるが如くして、離れず。

其の時に、女、和上に向て、手を摺りて、「此の苦を免し給へ」と請ふ。和上の云く、「我が力ら、更に及ばず。汝ぢ、速に我が大師、仏3)の御許に詣でて、問ひ奉れ。然らば、我れ、汝を具して、仏の御許に将参るべし」と。女、参るべき由を云ふ。和上の云く、「種々の財宝を相具して参るべし」と。女、和上の教に随て、種々の財宝を車五百両に積み、及び夫千人に荷はしめて、仏の御許に詣ぬ。

仏、慳貪女を見給て、為に法を説て、教化し給ふ。女、法を聞て、即ち阿羅漢果を得たり。永く慳貪の心を捨つ。賓頭盧尊者の教化、不思議也となむ、語り伝へたるとや。

1)
底本異体字、門がまえに寸。あるいは「閇」か。
2)
底本頭注「程一本時ニ作ル」
3)
釈迦
text/k_konjaku/k_konjaku3-23.txt · 最終更新: 2016/07/09 12:50 by Satoshi Nakagawa