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text:k_konjaku:k_konjaku3-14

今昔物語集

巻3第14話 波斯匿王娘金剛醜女語 第(十四)

今昔、天竺の舎衛国に王有り。波斯匿王と云ふ。后をば、末利夫人と云ふ。其の后、形貌端正美麗なる事、十六の大国に並ぶ女無し。

一人の女子を生めり。其の女子の有様、膚は毒蛇の如し。其の臭き香、人近付くべからず。太き髪、左に巻て、鬼の如く也。惣て形・有様、皆人に似ず。此れに依て、此の女子の様を、大王・后・乳母、三人許知て、余の人には全く知らしめず。

大王、后に云く、「君が子は、此れ金剛醜女也。甚だ怖ぢ畏るべし。速に別の所に居(す)うべし」と宣ひて、宮の北に、二里を去て、方丈の室を造て、乳母、并女房一人を具して、室の内に籠め居て、更に出入せしめず。

金剛醜女、十二三歳に成る程に、母、末利夫人の端正美麗なるを推量りて、十六国の大国の王、各、「后に為む」と乞ふ。然れども、父の大王、用ゐずして、一人の人を以て、忽に大臣に成して、此れを聟と云て、此の金剛醜女に副へ置たり。此の大臣の、心に非ずして、かかる怖(おそろ)しき事に会て、昼夜歎き侘ぶる事限無し。然れども、大王の仰せ背き難くて、彼の室に有り。

然る間、大王、一生の大願として、法会を懃(ねんごろ)に修し給ふ。金剛醜女、第一の女子也と云へども、其の形醜きが故に、此の法会に来ず。諸の大臣、金剛醜女の有様を知らざるに依て、法会に来ざる事を奇(あやし)び疑て、構ふる様、酒を以て、此の聟の大臣に呑ましめて、善く酔ぬる時に、大臣の腰に指(さし)たる匙(かぎ)を密に取て、下官の人を以て、有様を見せむが為に、彼の室へ遣る時に、彼の金剛醜女、此使の未だ至らざる前に、室の内に独居て、歎き悲て云く、「釈迦牟尼仏、願くは、我が形を忽に美に成して、父の法会に会はしめ給へ」と。時に、仏、庭の中に現はれ給ふ。金剛醜女、仏の相好を見奉て歓喜す。此の故に、忽に我が身の上へに、仏の相を移し得たり。

「夫の大臣に、此の事を速に告む」と思ふ間に、此の下官の人、密に来て、物の隙より見るに、室の内に一人の女有り。形貌端正なる事、仏の如く也。使ひ返て、諸大臣に告て云く、「我が心にも及ばず、未だ曾てかく端正なる女人の形を見ず」と。

聟の大臣は、悟(さ)め起て、室に行て見れば、見も知らぬ美麗なる女人居たり。近も寄らで、疑て云く、「我が室には誰人の来給へるぞ」と。女の云く、「我は、汝が妻、金剛女也」。夫の云く、「更に非じ」と。女の云く、「速に我れ行て、父の法会に会はむ。我れ、釈迦の引接を蒙れり。故に現身に替たり」と。

大臣、此の事を聞て、走り返て、大王に此の由を申す。大王・后宮、聞き驚て、忽ち輿1)(こし)を振て、彼の室に行幸して見給ふに、実に世に似ず端正美麗なる事、譬へむ方無し。即ち、娘を迎て、宮に将来ぬ。

願ひの如く、法会に会ぬれば、大王、娘を具して、仏の御許に将参て、此の事を一々に問奉る。仏の宣はく、「善く2)、此の女人は、昔、汝が家の御炊也。汝が家に、一人の聖人来て、施を受く。汝ぢ、善願有て、一俵の米を置て、家の諸の上下の人に、此の米を摶(にぎ)らしめて、供養せしめき。

其の中に、此の女、供養しながら、僧の形の醜き事を謗りき。僧、即ち、王の前に来て、神変を現じて、虚空に昇て、涅槃に入にき。彼の女、此れを見て哭(なき)て、謗りし罪みを悔ひ悲しみて、僧を供養せし故に、今、大王の娘めと生たりと云へども、僧を謗ぜし罪に依て、鬼の形を得たり。然れども、又、懺悔を至し故に、今日、我が教化を蒙て、鬼の形を改て、端正の姿と成て、永く仏道に入る也。

此の故に、僧を謗ずる事無かれ。又、譬ひ罪を造る事有とも、心を至して懺悔すべし。懺悔は第一の善根の道也」と説給ひけりとなむ、語り伝へたるとや。

1)
底本異体字「轝」
2)
底本頭注「善クハ善カナノ誤カ」
text/k_konjaku/k_konjaku3-14.txt · 最終更新: 2016/06/28 12:28 by Satoshi Nakagawa