今昔物語集
巻29第7話 藤大夫□□家入強盗被捕語 第七
今昔、猪熊と綾の小路とに、藤大夫と云ふ者住けり。受領の共にや有けむ、田舎に行て返り上たりけるに、物共多く持来て繚(あつかひ)けるを、隣に有ける、盗心有ける者見て、此様の態しける得意共を数(あまた)語ひ集めて、強盗にて、其の家に入にけり。
家の内に有ける人、皆、或は物の迫(はざま)に隠れ、或は板敷の下に這入ぬ。待受て戦ふ人、一人も無ければ、盗人共、糸静に家の内の万の物を掠て、露残す物無く、皆取て去ぬ。
而る間、板敷の下に逃入たる小男の、低臥(ひれふせ)せる有けり。盗人の物取畢て返る時に、其の盗人を、板敷の下に隠れ居る小男の、板敷より走り下る足を掻抱て引ければ、盗人、低(うつぶ)しに倒にけり。其の上に此の小男、圧(おそひ)懸て、盗人の□を刀を抜て、二刀三刀突ければ、盗人、足を取られて痛く倒れにければ、物も思えざりけるに、此く□を数度突かれにければ、此(と)も彼(かく)も為で、やがて死にけり。其の時に、此の小男、盗人の二の足の頸を取て、板敷の下に奥様に深く引入れつ。
然て、此の小男は、然り気無き様にて出来たれば、逃隠れたりつる者共、盗人去ぬれば、皆出来て喤り合たり。衣剥がれたる者は、裸にて篩(ふる)ふ。家の内の万の物共、皆踏壊たれ打損はれたる事限無し。
盗人は、物を取畢て、猪熊下(くだり)に出て走けるに、隣の者共の起合て、箭を射懸ければ、散々に逃て去にけり。其れに、此の一人が突殺されたるをも、否(え)知らず。
夜半過て入たる盗人なれば、其の後、幾も無くて夜明ぬ。隣人も集り来て、訪ひ喤る。西の洞院と□□とにある、藤判官□□と云ふ検非違使も、此の藤大夫と得意にて有ければ、人を遣(おこ)せて訪ひけるに、此の盗人突殺したる小男、彼の藤判官の許に行て、「然々の事なむ仕たる」と聞せければ、藤判官、聞き驚て、放免を呼て、彼の藤大夫が家に遣て見せければ、放免、其の家に入て、突殺されたる盗人を引出して見れば、隣に有る某殿の雑色也けり。早う、隣にて、物共を持来たりけるを見て入たる也けり。
放免、此の由を藤判官に申せば、藤判官、即ち彼の雑色の家に人を遣て、妻を搦させつ。「妻は定めて知たらむ」とて、問ければ、妻、否隠さで、「夜前こそ、其(それ)丸彼(か)丸は詣来て、私語(ささめごと)仕りしか、其等が家共は其々(そこそこ)也」と云ければ、且つ検非違使の別当に申して、其の女を前に立て、其の家々に行て捕ふれば、其奴原、今夜盗人し極じて臥せりけるを、皆員を尽して尋ね捕へてけり。遁(のが)すべき事にも非ねば、片端より皆獄に禁ぜられにけり。亦、其の盗み取たる物共も、員に依て取出てけり。然て、此の盗人突殺したる小男は、其より後、極き兵に用ゐられてなむ有ける。
然れば、人の家には、物共取り披て、由無からむ人などには見(みせ)まじき也。此る心発す者の有る也。従者とても免すべき者に非ず。況や、疎からむ者の然る心有らむは、必ず疑ふべき事也となむ語り伝へたるとや。