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今昔物語集

巻29第5話 平貞盛朝臣於法師家射取盗人語 第五

今昔、下辺に、生(なま)徳有る法師有けり。

家豊にして、万づ楽しくて過ける程に、其の家に怪(さとし)をしたりければ、賀茂の忠行と云ふ陰陽師に、其の怪の吉凶を問ひに遣たりけるに、「某月某日、物忌を固くせよ。盗人事に依て、命を亡さむ物ぞ」と占なひたりければ、法師、大きに怪み思ける程に、其の日に成にければ、門を閉て、人も通はせずして、極く物忌固くして有ける程に、此の物忌度々に成て、其の物忌の日の夕暮方に、門を叩く者有り。

怖れて答もせで有けるを、責めて叩ければ、人を以て、「此れは誰が御するぞ。固き物忌ぞ」と云せたりければ、「平の貞盛が、只今、陸奥の国より上たる也」と云ふ。其の貞盛は、此の僧と、本より極き得意にて、極く親く語ひたりける間也ければ、貞盛が云ひ入さする様、「只今、陸奥の国より上り着たるに、夜には成にたり。今夜は家へは故(ことさら)に行き着かじと思ふに、何こへか行かむ。然ても、何なる物忌ぞ」と問ふ。内より云ひ出さする様、「『盗人事に依て、命を亡ぼすべきに』と卜なひたれば、固く忌む也」と。貞盛、亦云ひ入さする様、「然ては、態とも貞盛を呼び籠めて有せめ。何でか、貞盛をば返すべき」と。

然れば、法師、「現にや」と思ひけむ、「然は、殿許入り給へ。郎等・御従(とも)共をば、返し遣てよ。尚、物忌固く侍り」と云ひ出したりければ、貞盛、「然也」と云て、我許入て、馬共も郎等共も、皆返し遣つ。法師をば、「物忌固く坐すなれば、何にか出給ふ。己は此の放出(はなちいで)の方に、今夜許侍らむ。今日、家へ罷まじき日にて有ればなむ。然て、朝(つとめて)対面し申さむ」とて、放出の方に居て、食1)て、寝ぬ。

然て、「夜半には過やしたらむ」と思ふ程に、門を押す音のしければ、貞盛、「此れは盗人にや有らむ」と思て、調度掻負て、車宿(くるまやどり)の方に行て、立隠れぬ。盗人にて有ければ、大刀を以て門を開て、はらはらと入て、南面の方に立廻る程に、貞盛、盗人の中に立交りて、物共置たる方には遣らずして、物も無き方を、「此になむ物は有なる。只此を踏開て入れ」と行ひければ、盗人、貞盛が云ふとも更に知らで有るに、今火吹く程に、貞盛が思はく、「盗人入り立なば、不意(そぞろ)に法師もぞ殺さるる。然れば、入り立たぬ前に射てむ」と思へども、調度負て□気なる盗人の奴の喬(そば)に立てれば、危く思ひけれども、「然りとて、有るべきことかは」と思て、其奴を後の方より、征箭を以って後より前に射出しつ。

然て後に、貞盛、「後より射にこそ有けれ」と云て、彼の射られたる奴を、「逃げよ」と云て、射伏せたる奴を奥様へ引射れつ。亦、「異奴の射にこそ有けれ。気(け)しくは有らじ。只入れ」と、痓(すく)やかに行ふ奴を、亦、貞盛、喬より走り寄て、最中を差宛射つ。然て亦貞盛、「射にこそ有けれ。今は逃げよ、己等」と云て、其れをも奥様に引入れつれば、二人乍ら奥の方に倒れ臥ぬ。

其の後、貞盛、奥の方より、鳴箭(かぶらや)を以て射次(つづ)けければ、残りの盗人共は、門様へ追しらがひて出る。しや背を押重ねて、ふたふたと射持行くに、箭に付て、門の前に三人は射伏せつ。本十人許有ける盗人なれば、其の残の奴原は、傍への有らむ様も知らず、走て逃て去にけり。然れば、四人は箭庭に射殺したりけり。今一人は、四五町許逃去て、腰を射られにければ、否(え)逃げで、溝の有けるになむ、倒れ入て有ける。夜明けて後に、其奴を問て、其よりなむ、傍への奴原をば捕へたりける。

然れば、賢き貞盛の朝臣の来り会て、命を存したる法師になむ有ける。「余り固く忌て、入れざらましかば、法師は必ず殺されなまし」とぞ、語り伝へたるとや。

1)
底本頭注「食ノ上物字ヲ脱セルカ」
text/k_konjaku/k_konjaku29-5.txt · 最終更新: 2015/03/06 22:52 by Satoshi Nakagawa
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