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今昔物語集

巻29第27話 主殿頭源章家語 第廿七

今昔、主殿頭源の章家と云ふ人有けり。兵の家には非ねども、心極て猛くて、昼夜朝暮に生命を殺すを以て役とせり。凡そ此の章家が心ばへは、人とも思えぬ事共多かりける。

肥後の守にて有ける時、其の国に有けるに、極く愛しける男子の□□許在けるが、日来重く煩ければ、此れを歎き繚(わづらひ)ける程に、小鷹狩しに出けるをだに、郎等・眷属、世に知らず疎(う)き事に思ひ云けるに、其の子、遂に失にければ、其の母、死入(しにいり)たる如くにて、其の死たる児の傍を離れずして、泣き沈みて臥たりけり。

女房・侍なども、年来其の児を見馴て、心ばへの厳(いつくし)かりけるを思ひ出つつ、忍難く泣き迷ひ合へりけるに、章家は、児死ぬと見置て、其の日をだに過さず、狩に出て行にければ、此れを見と見ける者は、云ふ甲斐無き事になむ思ひける。

智(さとり)有り浄き僧なども、此れを見て、「章家を責て、吉き様に云ひ成さむ」と思て云ひけるは、「此れは只ならむ人の為べき事にも非ず。物の詫(つき)て坐するなめり」などぞ、云ける。凡そ何にまれ、露許の慈悲無くて、「只生たる者をば、殺す事ぞ」とのみ知て、哀びの心は努々無かりけり。

亦、正月の十八日に、観音の験じ給ふ寺へ、此の章家詣けるに、道に野の中に焼き残したる草の少し有けるを見て、章家、「此の草の中には、必ず菟有らむかし」と云て、人を入れて追はせければ、菟の子六つ走り出たりけるを、下衆共集りて捕てけり。章家、「然ればこそ、此には菟有けれ」と云て、其の草に火を付むとしけるを、共に有ける郎等共、「年の始の十八日に御物詣せさせ給ふに、此れ候まじき事也。責ては、還向にも非ず1)」など云て止けれども、章家、聞も入れずして、馬より下て、自ら其の草に火を付たりければ、菟、多くも無くて、只有つる子共の祖(おや)と思しき菟一つぞ走り出たりけるをば、打殺て奉てけり。其の子共をば、「侍の子共に取せて飼せむ」とて、一づつ取てけり。

然て、還向して館に返て、侍に上る所に、平なる石の大きなるを置て、其れを踏(ふま)へて板敷の上へ上る石有けり。守、其れに立て、「有つる菟の子共は」と問ければ、取たる者共、各小舎人童などに抱せて持来たりけるを、守、「此に暫し這せて見むずるぞ」と云て、乞取てけり。

然て、左右の手に六つの菟の子を一度に取て、取合せて、母が幼き子をせせらかす様に、「我が子、我が子」と云て、□□ければ、郎等共は「只為る事なめり」と思て、庭に居並て見ける程に、守、「年の始めの走り者の生を食はざらむは、忌々しき事也」と云ふままに、其の平なる石に、六つの菟の子を一度に打付てけり。主の鹿・鳥殺すを、極く興有る事に思て、常は云ひ早しける郎等共も、其の日此れを見ては、糸惜さに否(え)堪へずして、一度に立てぞ逃て去にける。やがて、其の日、守、焼などして食てけり。

亦、其の国には飽田と云ふ所、狩地にて有なり。其の狩地は微妙かりけれども、本は臥木共高く、大きなる小き石多くて、馬否走らざりければ、十出来る鹿の、六つ七つは必ず逃てぞ遁ける。其れを、此の守、国の人を発して、三千人許を以て、其の石を皆拾ひ去(のけ)させて、窪たる所には、其の石を埋て土を直して置せ、高き所をば、馬の走り当るまじき程に引せなどして、其の後、異山に鹿を2)、多く人を集めて其の山に追ひ掛ければ、十出来る鹿の一つ遁る事無かりけり。然れば、守、極く喜びて、員知ぬ鹿を取けり。

其の鹿の皮共をば、国の者共に、「出し奉れ」とて預けて、鹿の身の限を国府に運ばせ、館の南面の遥遥と広くて木も無き庭に、隙も無く並べ置せたりければ、其れにも置き余りて、東西の庭にぞ置たりける。此の様に、昼夜朝暮に緩(たゆ)む月日も無く、罪をなむ造ける。

其の飽田の狩の原は、今に石一つも無く直しくて有なれば、此れを思ふに、其の後、異人の狩るにも、本は十出来る鹿の六つ七つ遁れて逃しに、章家石拾はせて後には、一つも遁る事無ければ、于今至るまで、其の罪をば章家こそは負つらめ。

然れば、章家、死ぬる尅にも、「飽田の石拾の罪を何にせむずらむ」と歎てぞ死にけるとぞ、其の家の者語りけるとなむ、語り伝へたるとや。

1)
底本頭注「非ズハ、アラバノ誤カ
2)
鈴鹿本「異山々の鹿を」
text/k_konjaku/k_konjaku29-27.txt · 最終更新: 2015/03/18 01:01 by Satoshi Nakagawa
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