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今昔物語集

巻28第30話 左京属紀茂経鯛荒巻進大夫語 第三十

今昔、左京の大夫□□の□□と云ふ旧(ふる)君達有けり。年老て、極く旧めかしければ、殊に行(ある)きも為で、下辺なる家になむ籠居たりける。

而るに、其の職の属にて、紀の茂経1)と云ふ者有ける。長岳になむ住ける。其の職の属なれば、彼の大夫の許に時々行てなむ、掍(をこづり)ける。

而る間、茂経、宇治殿の盛に御ましける時に、参て贄殿に居たる程に、淡路の守源の頼親の朝臣の許より、鯛の荒巻を多く奉たりけるを、贄殿に多く取置けるに、贄殿の預□□の義澄と云ふ者に、茂経、その荒巻を三巻乞取て、「我が職の大夫の君に此れ奉て、掍り申さむ」と云て、此の荒巻三巻を、間木(まぎ)に捧置て、義澄に云く、「此の荒巻三巻、人を以て取りに奉らむ時に遣はせ」と云ひ置て、茂経は殿を出て、左京の大夫の許に行て見れば、大夫は出居て、客人二三人許来たり。

大夫、「其の主(あるじ)せむ」とて、九月の下旬許の程どの事なれば、地火炉(ぢぼろ)に火おしこなどして、物食はむと為るに、墓々しき魚もなし。鯉鳥なども用有気也。其れに、茂経、指出て申す様、「茂経が許にこそ、摂津の国に候ふ下人の、鯛の荒巻四五巻許、今朝持来りて候つるを、一二巻は宿の童部と共に食べ試み候つるに、艶(えもいは)ず微妙く鮮かに候ひつれば、今三巻は穢し候はずして置き候つるを、怱ぎ罷り出て候つるに、下人の候はずして、否(え)持参り候はざりつるに、只今取に遣さむは何に」と、音を捧てしたり顔に云張て口脇を下げ、袖疎(つくろひ)をして、延上て申せば、左京の大夫、「然るべき物の只今無かりつるに、糸吉き事かな。疾く取に遣れ」と云ふ。客人共も、「只今、然るべき物の候はざりつるに、近来の美(うまき)物は、鮮なる鯛ぞかし。鳥の味ひ糸弊(わろ)し。鯉は未だ出来ず。然れば、生き鯛は極き物なり」と云ひ合り。

然れば、茂経、馬引かへたる童を呼びて取て、「其の馬をば、御門に繋て、只今走て、殿の贄殿に行て、贄殿の預の主に、『其の置つる荒巻三巻、只今遣(おこ)せ給へ」と云て取て来」と私語(ささや)きて、「走れ、走れ」と、手掻て遣つ。

然て、返り参て、「俎洗て持詣来」と音高に云て、やがて、「今日の包丁、茂経仕らむ」と云て、魚箸(まなばし)削り、鞘なる包丁を取出して打鋭(うちとぎ)て、「遅し、々、々」と云ひ居たる程どに、遣つる童は、糸疾く木の枝に荒巻三巻を結付て、捧て走て持来たり。茂経、此れを見て、「哀(あはれ)、飛が如くに詣来たる童かな」と云て、俎の上に荒巻を置て、事しも大鯉などを作らむ様に、左右の袖を引疎て、片膝を立て、今片膝をば臥(ふせ)て、極て月々(つきづき)しく居成して、少喬(すこしそば)みて、刀を以て荒巻の縄をふつふつと押切て、刀して藁を押披たるに、物共泛(こぼ)れ落つ。

見れば、平足駄の破たる、旧尻切の壊たる、旧藁沓の切たる、此様の物共、ほろほろと泛れ出づ。茂経、此れを見ままに、あきれて、魚箸も刀も打棄て、立走て、沓も履敢へず逃ぬ。左京の大夫も、客人共も、奇異(あさまし)く、目・口開(はだかり)て居たり。前なる侍共も、あさましくて、此(と)も彼(かく)も云ふ事無し。物食ひ、酒呑つる遊共、興も無く成て、皆冷(すさま)じく成ぬれば、独立に立て、皆去ぬ。

左京の大夫の云く、「此の尊は、本より此く艶(えもいは)ぬ物狂(ものぐるひ)とは知たれども、官の上と思て、常に来睦びつれば、吉とは思はねども、追ふべき事には非ねば、只来れば来ると見て有つる也。其れに、此る態をし出して量(はかる)をば、何にかは為べき。物悪き身は、墓無き事に触れても此く有也。何に、世に人、聞継て、世の中の咲種(わらひぐさ)にし、末の世まで物語にせむ」と云ひ次(つづけ)て、空を仰て、「老の浪に極き態かな」と歎くこと限無し。

此の茂経は、出走て馬に乗り、馳せ散じて殿に参て、贄殿の預り義澄に会て云く、「彼の荒巻を惜と思給はば、穏に得させ給はでは非で、此る態をし給ふは、糸(い)と情け無き事也」と哭(なき)ぬ許恨み喤る事限無し。義澄が云く、「此は何に宣ふ事ぞ。義澄は荒巻を其(そこ)に奉て後、要事有て、『白地(あからさま)に宿りへ罷出づ』とて、義澄が従者の男に申し置つる様、「左京の属主の許より、此の荒巻取に遣(おこ)されたらば、取て慥に其の使に取らせよ」と云ひ置て罷出て、只今返り参たる也」と、事の有様をも知らずして云へば、茂経、「然は、其の主の云ひ預け給つらむ男の四度解(しどけ)無にこそ有なれ。其れを呼て問給へ」と云へば、義澄、其の男を呼て問(とはん)とて、尋ぬる程に、膳夫(かしはで)の有るが、此れを聞て云ふ様、「其の事は己こそ聞侍つれ。己が壺屋に入居て、聞居て侍つれば、此の殿の若き侍の主達の勇み寵(ほこり)たる、数(あまた)殿に御して、間木に捧られたる荒巻を見て、『此は何ぞの荒巻ぞ』と問はれつれば、誰が申つるにか有らむ、『此れは左京の属主の御荒巻を置かれたる也』と答つれば、主達、「然ては為べき様有」と云て、荒巻を取下して、鯛をば皆取出して切食て、其の替には、破たる平足駄の片足や、旧尻切の壊たるや、旧藁沓の切たるなどをこそ、求めて籠て置かる、と聞き侍つれ」と語れば、茂経、此れを聞て、瞋り喤る事、限無し。

其の瞋る音を聞て、此したる物共、来つつ咲ひ喤る事、限無し。然れば、義澄は、「己れは更に誤らぬ事也」となむ云ける。

然て、茂経は云ふ甲斐無くて返にけり。其の後、思ひ侘て、「人の此く咲ひ喤る程は、行(ある)かじ」と思て、長岳の家になむ籠居たりける。

此の事、髴(ほのか)に世に聞えにければ、其の比の物語に、此の事なむ語て、人咲ける。茂経、其の後恥て、左京の大夫の許へ否行かず成にけり。現に否向かじかしとなむ語り伝へたるとや。

1)
紀茂経。『宇治拾遺物語』23では「用経」
text/k_konjaku/k_konjaku28-30.txt · 最終更新: 2017/11/05 12:56 by Satoshi Nakagawa
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