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今昔物語集

巻27第26話 河内禅師牛為霊被借語 第廿六

今昔、播磨の守佐伯の公行と云ふ人有けり。其れが子に、佐大夫□□とて、四条と高倉とに有し者は、近来有る顕宗と云ふが父也。其の佐大夫は、阿波の守(か)み藤原定成の朝臣が共に、阿波に下ける程に、其の船にて、守と共に海に入て死にけり。其の佐大夫は、河内禅師と云ひし者の類にてなむ有ける。

其の時に、其の河内禅師が許に、黄斑(あめまだら)の牛有けり。其の牛を、知たる人の借ければ、淀へ遣けるに、樋集(ひづめ)の橋にて、牛飼の車を悪く遣て、車の片輪を橋より落したりけるに、引かれて車も橋より落けるを、「車の落る也けり」と思けるにや、牛の踏はだかりて、動かで立てりければ、鞅(むながい)の切れて、車は落て損じにけり、牛は橋の上に留てぞ有ける。人も乗らぬ車なれば、人は損ぜざりけり。「弊(つたな)き牛ならましかば、引かれて牛も損じなまし。然れば、極き牛の力かな」とぞ、其の辺の人も讃ける。

其の後、其の牛を労り飼ける程に、何(いかに)し失たりとも無くて、其の牛失にけり。河内禅師、「此は何なる事ぞ」とて、求め騒けれども、無ければ、「離れて出にけるか」と、近くより遠きまで尋ねさせけれども、遂に無ければ、求め繚(わづらひ)て有る程に、河内禅師が夢に、彼の失にし佐大夫が来たりければ、河内禅師、「海に落入て死にきと聞く者は、何かで来るにか有らむ」と、夢心地にも、「怖し」と思々ふ出会たりければ、佐大夫が云く、「己は死て後、此の丑寅の角になむ侍るが、其(そこ)より日に一度、樋集の橋の許に行て、苦を受侍る也。其れに、己が罪の深くて、極て身の重く侍れば、乗物の堪へずして、歩より罷り行(ある)くが極て苦く侍ば、此の黄斑の御車牛の、力の強くて乗り侍るに堪へたれば、暫く借申して、乗て罷行くを、極く求めさせ給へば、今五日有て六日と申さむ巳の時許に、返し申してむとす。強にな求騒がせ給ひそ」と云ふと見る程に、夢覚ぬ。河内禅師、「此る怪き夢をこそ見つれ」と、人に語て止にけり。

其の後、其の夢に見えて六日と云ふ巳の時許に、此の牛、俄に、何こより来りとも無くて、歩び入たり。此の牛、極く大事したる気にてぞ来たりける。

然れば、彼の樋集の橋にて、車は落入り牛は留りけむを、彼の佐大夫が霊の其の時に行会て、「力強き牛かな」と見て、借て乗り行けるにや有けむ。

此れは河内禅師が語りし也。此れ極めて怖しき事也となむ語り伝へたるとや。

text/k_konjaku/k_konjaku27-26.txt · 最終更新: 2015/01/24 18:02 by Satoshi Nakagawa
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