今昔物語集
今昔、伊勢の御息所の、未だ御息所にも成らで、七条の后1)の許に候ひける比、枇杷左大臣2)、未だ若くして少将にて有ける程に、極く忍て通ひ給ひけるを、忍ぶと為れども、人自然ら髴(ほのか)に其の気色を見てけり。
其の後、少将、通ひ給はずして、音無かりければ、此く読てなむ遣たりける。伊勢、
人しれず絶なましかばわびつつもなき名ぞとだにいはましものを
と。
少将、此れを見て、「哀れ」とぞ思給ひけむ、返てなむ此の度は現はれて、極く思て棲給けるとや。