今昔物語集
今昔、天神1)の作らせ給ける詩有けり。
東行西行雲眇々
二月三月日遅々
と。此の詩を後代の人、翫て詠ずと云へども、其の読を心得る人無かりけるに、□□と云ふ人、北野2)の宝前に詣て、此の詩を詠けるに、其の夜の夢に気高く止事無き人来て、教へて宣はく、「汝ぢ此の詩をば何(いか)に読むべきとか心得たる」と。
畏て知らざる由を答へ申けるに、教へて宣はく、
「とざまに行きかうざまに行き雲はるばる
きさらぎやよひひうらうら
と読むべき也」と。
夢覚て後、礼拝してぞ罷出にける。天神は昔より夢の中に此如く詩を示し給ふ事多かりとなむ語り伝へたるとや。