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text:k_konjaku:k_konjaku24-20

今昔物語集

巻24第20話 人妻成悪霊除其害陰陽師語 第二十

今昔、□□と云ふ者有けり。年来棲ける妻を去離れにけり。妻、深く怨を成して歎き悲ける程に、其の思ひに病付て、月来悩て思ひ死にに死ににけり。

其の女、父母も無く、親き者も無かりければ、死たりけるを取り隠し、棄つる事も無くて、屋の内に有けるが、髪も落ちずして本の如く付たりけり。骨皆次(つづき)かへりて離れざりけり。隣の人、物の迫(はざま)より此れを臨(のぞき)て見けるに、恐(おぢ)怖るる事限り無し。亦、其の家の内、常に真□□に光る事有けり。亦、常に物鳴りなむど有ければ、隣人も恐て逃げ迷(まど)ひけり。

而るに、其の夫、此の事を聞て、半は死ぬる心地して「何にしてか、此の霊の難をば遁るべからむ。我を怨て思ひ死に死たる者なれば、我は必ず彼れに取られなむとす」と恐ぢ怖て、□□と云ふ陰陽師の許に行て、此の事を語て、難を遁るべき事を云ければ、陰陽師の云く、「此の事極て遁れ難き事にこそ侍なれ。然は有れども、此く宣ふ事也。構へ試む。但し、其の為に極ては怖しき事なむど為る。其れを構て念じ給へ」と云て、日の入る程に、陰陽師、彼の死人の有る家に、此の夫の男を掻具して将行ぬ。男、外にて聞つるだに、頭毛太りて怖しきに、増して其の家へ行かむ、極て怖しく堪へ難けれども、陰陽師に偏に身を任せて行きぬ。

見れば、実に死人の髪落ちずして、骨次かへりて臥たり。背に馬に乗る様に乗せつ。然て、其の死人の髪を強く引かへさせ、「努々放つ事なかれ」と教へて、物を読む懸け慎びて、「自が此に来むまでは此くて有れ。定めて怖しき事有らむとす。其れを念じて有れ」と云ひ置て、陰陽師は出て去ぬ。男、為む方無く、生たるにも非で、死人に乗て髪を捕て有り。

而る間、夜に入ぬ。「夜半に成ぬらむ」と思ふ程に、此の死人、「穴重しや」と云ままに立走て云く、「其奴求めて来らむ」と云て、走り出ぬ。何(いづこ)とも思へず遥に行く。然れども、陰陽師の教のままに髪を捕て有る程に、死人返ぬ。本の家に来て、同じ様に臥ぬ。男、怖しなど云へば愚也。物も思へねども、念じて髪を放たずして、背に乗て有るに鶏鳴ぬれば、死人、音も為ず成ぬ。

然る程に、夜明ぬれば、陰陽師来て云く。「今夜定めて怖しき事侍つらむ。髪放たずなりぬや」と問へば、男、放たざりつる由を答ふ。其の時に陰陽師、亦死人に物読懸け慎みて後、「今は去来(いざ)給へ」と云て、男を掻具して家に返ぬ。

陰陽師の云く、「今は更に恐れ給ふべからず。宣ふ事の去り難ければ也」となむ云ける。男、泣々く陰陽師を拝しけり。其の後、男、敢て事無くして久く有けり。

此れ近き事なるべし。其の人の孫、于今世に有り。亦、其の陰陽師の孫も、大宿直と云ふ所に于今有なりとなむ語り伝へたるとや。

text/k_konjaku/k_konjaku24-20.txt · 最終更新: 2014/09/14 01:55 by Satoshi Nakagawa