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今昔物語集

巻22第6話 堀河太政大臣基経語 第六

今昔、堀河の太政大臣と申す人御けり。御名をば基経とぞ申ける。此れは長良の中納言の御子なり。大臣身の才並無して心賢く御ければ、年来公に仕て関白太政大臣まで成上り給て、糸止事無かりけり。

亦子孫繁昌にして、男女皆微妙かりけり。御娘は醍醐の天皇の御后として、朱雀院・村上の二代の天皇の御母也。男子は一人をば時平の左大臣と申す。本院の大臣と申す此れ也。一人をば忠平の太政大臣と申す。小一条院の大臣と申す此れ也。一人をば仲平の左大臣と申す。此の仲平の左大臣は枇杷の大臣と申す。其の他に数(あまた)御けれども、皆公卿以下の人なれば注ず。先づ大臣にて、子三人、有難き事にす。

堀河殿に住給ければ、堀河の太政大臣と申す也けり。閑院も此の大臣の御殿にて有けれども、其の殿をば御物忌の時などぞ渡たり給ける。踈き人をば寄せ給ざりけり。親しき人々の限りをぞ寄せ給ひて、閑なる所に為させ給ひければ、其より閑院とは云ふ也けり。

堀河の院は地形の微妙ければ、晴の所にして大饗行はれける。時には、尊者の車をば堀河より東に立て、牛をば橋柱に繋ぎて、他の上達部の車をば河より西に立並べて有るが微妙き也。

尊者の車、別に立たる所は此の堀河の院のみぞ有ける。此く微妙くて御ける程に、年来を経て遂に此の大臣失せ給けるに、深草山に納め奉てける夜、勝延僧都と云ける人の読みたりける也。

  うつせみはからをみつつもなぐさめつふかくさの山けむりだにたて

とぞ。亦、上野の峰雄と云ける人は此なむ読たりける。

  ふかくさののばのさくらし心あらばことしばかりはすみぞめにさけ

□□□□此の大臣の御兄に国経の大納言と云ふ人有けり。其れは此の大臣失給て後に、年遥に老てぞ大納言にて止給にける。亦其の兄弟数御けれども、皆大納言已下の人にて、只此の大臣なむ此くまで成極め給て、子孫栄て御けるとなむ語り伝へたるとや。

text/k_konjaku/k_konjaku22-6.txt · 最終更新: 2014/09/14 01:24 by Satoshi Nakagawa
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