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text:k_konjaku:k_konjaku20-10

今昔物語集

巻20第10話 陽成院御代滝口行金使習外術語 第十

今昔、陽成院の天皇1)の御代に、滝口を以て、金の使に陸奥の国に遣けるに、道範2)と云ふ滝口、宣旨を奉(うけたまはり)て下ける間に、信濃国□□と云ふ所に宿ぬ。其の郡の司の家に宿たれば、郡の司、待ち受て労(いたは)る事限無し。食物などの事、皆畢てぬれば、主の郡の司、郎等など相具して、家を出て去ぬ。

道範、旅宿にして、寝られざりければ、和ら起て見行(みありく)に、妻の有る方を臨(のぞ)けば、屏風・几帳など立ち並たり。畳など浄気に敷て、厨子二階など目安く□□たり。虚薫(そらだき)にや有らむ、糸馥く匂はせたり。田舎などにも此く有るを、心悪く思て、吉く臨けば、年廿余許の女房、頭つき・姿、細やかにて、額つき吉く、有様、「此れは弊(つたな)し」と見ゆる所無し。微妙くて臥したり。道範、此れを見るに、見過すべき心地無くて、思ふに、当りに人も無ければ、打解て寄とも、咎むべき人も無ければ、和ら遣戸を曳開て入ぬ。誰と云ふ人も無し。

火をば几帳の後に立たれば、糸明し。極て懃に当つる郡司の妻を、後目無(うしろめたな)き心を仕はむが糸惜けれども、女の有様を見るに、思ひ忍び難くて、寄る也けり。女の傍に寄て、副ひ臥すに、気悪くも驚かず。口覆ひして臥たる顔、云はむ方無く、近増(ちかまさ)りして、弥よ微妙し。道範、喜(うれし)く思ふ事限無し。

九月の十日の比の程なれば、衣も多も着ず。紫苑色の綾の衣一重、濃き袴をぞ着たりける。香の馥しき事、当(あたり)の物にさへ匂たり。道範、我が衣をば脱棄て、女の懐に入る。暫は引塞ぐ様に為れども、気悪くも辞ぶ事無ければ、懐に入ぬ。

其の程に、男の𨳯3)を痒がる様にすれば、掻捜たるに、毛許有て𨳯4)失にけり。驚き怪くて、強に捜ると云へども、惣て頭の髪を捜るが如にて、露跡だに無し。大に驚て、女の微妙かりつる事も忘れぬ。女、男の此く捜り迷て怪びたる気色を見て、少し頬咲たり。男、弥よ心得ず、怪しく思ければ、和ら起て、本の寝所に返て、又捜るに、尚無し。

奇異(あさまし)く思ゆれば、親く仕ふ郎等を呼て、然々とは云はずして、「彼(かしこ)に微妙き女なむ有る。我も行たりつるを、何事か有らむ、汝も行(ゆけ)」と云へば、郎等、喜び乍ら又行ぬ。暫許有て、此の郎等、返来たり。極く奇異き気色したれば、「此れも然か有なめり」と思て、亦、□□他の郎等を呼て、勧めて遣たるに、其れも亦返来て、空を仰て、極く心得ぬ気也。

此の如くして、七八人の郎等を遣りたるに、皆返りつ。其の気色、只同様に見ゆ。返々す奇異く思ふ程に、夜曙ぬれば、道範、心の内に、夜前に家の主、極く労つるを喜(うれし)と思ひつれども、此事の極て心得ず怪しきに、万づ忘て、夜曙るままに怱(いそぎ)て立ぬ。

七八町許行く程に、後に呼ぶ音有り。見れば、馬を馳せて来る者有り。馳付たるを見れば、有つる所に、物取て食せつる郎等也けり。白き紙に裹たる物を捧て来たり。道範、馬を引へて、「其れは何ぞ」と問へば、郎等の云く、「此れは、郡司の、『奉れ』と候ひつる物也。此る物をば、何で棄ては御ましぬるぞ。形の如く、今朝の御儲など営て候ひつれども、急がせ給ける程に、此れをさへ落させ給てけり。然れば、拾ひ集て奉る也」と云て、取すれば、「何ぞ」と思て開て見れば、松茸を裹み集たる如にして、男の𨳯5)九つ有り。

奇異く思て、郎等共を呼び集て、此れを見すれば、八人の郎等、皆人毎に怪く思て、寄て見るに、九の𨳯6)有り。即ち一度に皆失ぬ。使は此れを渡して、即ち馳返ぬ。其の時になむ、郎等共、「我も然る事有つ」と云ひ出て、皆捜るに、𨳯7)本の如く有り。

其より陸奥国に行て、金請取て返るに、此の信濃の郡司の家に行て宿ぬ。郡の司に、馬・絹など様々に多く取すれば、郡司、極く喜て云く、「此れは何に思て此くは給ふぞ」と。道範、近く居寄て、郡司に云く、「極く傍痛き事にては侍れども、初め此れに侍しに、極て怪しき事の侍しは、何なる事ぞ。極て不審(いぶか)しければ、問ひ奉る也」と。郡の司、物をし多く得てければ、隠す事無くして、有のままに云く、「其れは、若く侍し時に、此の国の奥の郡に侍し郡司の年老たりしが、妻の若く侍しが許に忍て、罷寄たりしに、𨳯8)を失ひて侍しに、怪びを成して、其の郡の司に、強に志を運て、習て侍べる也。其れを習はむの本意在さば、此度は公物多く具し給へり。速に上り給て、態(わざと)下給て、心静に習ひ給へ」と云へば、道範、其の契を成して、京に上て、金など奉て、暇を申して下ぬ。

然るべき物共持下て、郡の司に与へたれば、郡の司、喜て、「手の限り教へむ」と思て云く、「此れは、輙く習ふ事にも非ず。七日、堅固に精進をして、日毎に水を浴て、極く浄まはりて習ふ事なれば、明日より精進を始め給へ」と。然れば、道範、精進を始て、日毎に水を浴て浄まはる。

七日に満つる日、後夜に、郡司と道範、亦人も具さずして、深山に入ぬ。大なる河の流れたる辺に行ぬ。「永く三宝を信ぜじ」と云ふ願を発して、様々の事共をして、艶(えもいは)ず罪深き誓言をなむ立けり。

其の後、郡司の云く、「己は水の上へ入なむとす。其の水の上より来らむ物を、鬼にまれ、神にまれ、寄て懐け」と云ひ置て、郡の司は水の上に入ぬ。暫許有れば、水の上の方、空陰(くもり)て神鳴り、風吹き、雨降て、河の水増(まさり)ぬ。暫許見れば、河の上より、頭は一抱許有る蛇の、目は鋺を入たるが如くにて、頸の下は紅の色にして、上は紺青・緑青を塗たるが如くに、つやめきて見ゆ。前に、「下らむ者を抱け」とは教へつれども、此れを見るに、極て怖しくて、草の中に隠れ臥ぬ。

暫許有て、郡の司出来て、「何に、抱き得給へりや」と問へば、極て怖しく思えつれば、抱かざりつ」と答ふれば、郡の司、「極く口惜く侍る事かな。然らば、此の事習ひ得難し。然るにても、今一度試む」と云へば、又入ぬ。

暫許見れば、長は四尺許有る猪の、牙を食出たるが、石をはらはらと食へば、火ひらひらと出て、毛をいからかして、走り懸て食ふ。極て怖しく思へども、「今は限りぞ」と思て、寄て抱たれば、三尺許なる朽木を抱きたり。

其の時に、妬く悔しき事限無し。「初も、此る者にてこそは有つらめ。何とて抱かざりつらむ」と思ふ程に、郡の司、出来て、「何ぞ」と問へば、「然々抱たりつ」と答ふれば、郡の司、「前の𨳯9)失ふ事は習ひ得給はず成ぬ。墓無き物に成しなど為る事は、習ひ給ひつめり。然れば、其れを教へ申さむ」と云て、其の事をなむ習て返にける。𨳯10)失ふ事を習ひ得ざるを、口惜く思ひけり。

京に返上て、内に参て、滝口の陣にして、滝口共の履(はき)置たる沓共を、諍ひ事をして、皆犬の子に成して這せけり。又、古藁沓を三尺許の鯉に成して、大盤の上にして、生乍ら踊せなど為る事をなむしける。

而る間、天皇、此の由を聞食して、道範を黒殿の方に召て、此の事を習はせ給けり。其の後、御几帳の手の上より、賀茂の祭の供奉を渡す事などを為させ給ひけり。

而るに、世の人、此の事を受申さざりけり。其の故は、帝王の御身すら、永く三宝に違ふ術を習て為させ給ふ事をなむ、皆人謗り申けり。云ひ甲斐無き下臈の為るをだに、罪深き事と云ふに、此く為させ給ひけるに、然ればにや、狂気なむ御ましける。

此れは、天狗を祭て、三宝を欺くにこそ有めれ。人界は受け難し。仏法に値ふ事、又其よりも難し。其れに、適ま人界に生れて、仏法に値ひ奉り乍ら、仏道を棄て、魔界に趣かむ事、此れ宝の山に入て、手を空くして出で、石を抱て深き淵に入て命を失ふが如し。然れば、努々止むべき事也となむ、語り伝へたるとや。

1)
陽成天皇
2)
『宇治拾遺物語』106では道則
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マラ。門構えに牛
text/k_konjaku/k_konjaku20-10.txt · 最終更新: 2016/03/05 17:15 by Satoshi Nakagawa