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text:k_konjaku:k_konjaku2-4

今昔物語集

巻2第4話 仏拝卒堵婆給語 第(四)

今昔、仏1)伽頻国2)に在まして、喩山陀羅樹下に趣き給ふ。其の所に一の卒堵婆有り。仏、此れを礼拝し給ふ。

其の時に、阿難・舎利弗・迦葉・目連等の御弟子等、此の事を怪むで、仏に白して言さく、「何の故に有てか、仏懃(ねんごろ)に此の卒堵婆を礼拝し給ふ。仏は人にこそ礼拝せられ給へ。仏より外に、何物か勝れて貴き思ひを成すべき」と。

仏、答て宣はく、「昔し、此の国に大王有き。子無くして、天に乞ひ、龍神に祈て、子を願ひき。時に其の后、懐妊して一人の男子を生たりき。大王の后、此の児を養育して、厭ふ心無し。十余歳に至る時に、父の王、身に病有て、天神に祈請するも叶はず。医薬を以て治するにも𡀍3) えず。而るに、一人の医師(くすし)有て云く、『生れてより以来、露許も瞋恚を発せざる人の、眼及び骨髄を取て、和合して付ば、王の御病は則ち癒なむ』と云ふ。

『然りと云へども、仏より他には、誰人か瞋恚を発さざる者は有るべき。甚だ有難き事也』と云ひ歎く程に、此の太子、此の事を聞て、『我こそ、未だ瞋恚を発さざる者なれ』と思て、母の后きに向て云く、『生る者は、必ず滅す。相(あ)へる者は、定めて離る。誰人か此の事を免れむ。徒に無常に帰しなむよりは、我れ、此の身を捨て、父の御命を助け奉らむ』と。母后、此の事を聞て、涕泣して答る事無し。

太子、心の内に思はく、『孝養の為には、我れ命を惜しむべからず。若し、惜む心有らば、不孝の罪を得む』と。『譬ひ、此の身、長命也と云ふとも、終に死を免るべきに非ず。死て三悪道に堕む事、又疑ひ非じ。只、此の身を捨てて、父の御命を助て、終に無上道を得て、一切衆生を利益せむ』と誓ひを発して、密に一人の旃陀羅を語て、此の事を云ふに、旃陀羅、甚だ恐ぢ怖れて用ゐず。然りと云へども、太子、猶を孝養の心深くして、旃陀羅を責めて4)、五百の釼を与て、我が眼及び骨髄を取らしむ。此れを取て、和合して、父の王に奉る。此の医(くすり)を以て、病を治するに、病ひ即ち𡀍5) ぬ。

然りと云ども、大王、此の事を知り給はずして、其の後、『太子、我が所に久く来ざる、何の故ぞ」と。一人の大臣有て、王に申さく、『太子は早く命を失ひ給てき。医師有て、『生れて以来、瞋恚を発さざらむ人の、眼・骨髄を以て、大王の御病を治すべし』と云ふ。此れに依て、太子、『生れて以来、瞋恚を発さざる者、只我が身此れ也。我れ、孝養の為め身を捨てむ』と宣て、密に旃陀羅を語ひ給て、眼及び骨髄を取しめて、大王に奉り給ふ。此れを以て、大王の御病を治して、既に𡀍6) 給ふ事を得たる也』と。

大王、此れを聞て、哭き悲み給ふ事限無し。暫く有て宣はく、『我れ、昔は聞き、父を殺して、王位を奪ふ有りと。未だ聞かず、子の肉村(ししむら)を噉(くひ)て、命を存せる事をば。悲哉。我れ此れを知らずして、病の𡀍7)たる事を喜けり』と宣て、忽に太子の為めに、喩旃陀羅樹下に一の卒堵婆を立給ひき。

其の時の王は、我が父、浄飯王此れ也。其の時の太子は、我が身此れ也。我が為に立給ひし卒堵婆なれば、今来て礼拝する也。此の卒堵婆に依て、我れ正覚を成じて、一切の衆生を教化する也」と説給ひけりとなむ語り伝へたるとや。

1)
釈迦
2)
迦毘羅衛国の別称
3) , 5) , 6) , 7)
口へんに愈
4)
底本「責メヲ」。誤植とみて訂正。
text/k_konjaku/k_konjaku2-4.txt · 最終更新: 2016/05/14 23:23 by Satoshi Nakagawa