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text:k_konjaku:k_konjaku2-19

今昔物語集

巻2第19話 阿那律得天眼語第(十九)

1) 今昔、仏2)の御弟子に阿那律と申す比丘有り。仏の御父方の従弟也。此の人は天眼第一の御弟子也。三千大千世界を見る事、掌を見るが如し。

其の時に、阿難、仏に白して言さく、「阿那律、前世に何なる業有て、天眼第一なるぞ」と。

仏の宣はく、「阿那律、昔し、過去の九十一劫の時、毗婆尸仏の涅槃の後、盗人として、身甚だ貧かりしに、宝を納置たる一の塔有り。心の内に思ふ様ふ、『夜る、密に此の塔に入て、納置ける宝を盗取て、売て、命を継ぎ世を渡らむ』と思ひ得て、夜る、弓箭を持て、彼の塔に行て、相構て、戸を開て入ぬ。見れば、仏の御前に、御灯明有り。既に消ぬべし。明かに宝を見て盗むが為に、箭の彇(はず)を以て、灯明を挑ぐ。時に、仏の御形、金色にして、塔の内に耀き満たり。然れば、廻り見て、返て仏の御前に居て、掌を合せて観ずる様、『何なる人の宝を投て、仏を造り、塔を起(たつ)るぞ。我れも同じ人也。仏の物を盗取らむや。又、此の報を感じて、後の世に貧窮も増さるべき也』と思て、取らずして返ぬ。其の灯明を挑たる故に、九十一劫の間、善所に生れて、遂に我れに値て、出家して、果を証して、天眼を得たる也」と説給けり。

されば、心を発して、仏に灯明を奉らずと云へども、盗をせむが為に灯明を挑たる功徳、此の如し。況や、心を発して奉りたらむ功徳、思遣るべしとなむ、語り伝へたるとや。

1)
底本の標題は「阿難那律」となっており、頭注に「難ハ衍字カ」とある。
2)
釈迦
text/k_konjaku/k_konjaku2-19.txt · 最終更新: 2016/05/28 14:23 by Satoshi Nakagawa