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今昔物語集

巻2第10話 舎衛城金財比丘語 第(十)

今昔、天竺の舎衛城の中に、一人の長者有り。家大きに富て財宝多し。一人の男子を生ましめたり。其の児、端正にして、世に並び無し。

生(うまれ)ける時に、二の手を拳(にぎり)て、生れたり。父母、此れを開きて見るに、児の二の手に、各一の金の銭有り。父母、此の銭を取るに、即ち亦、同く有り。此の如き、取ると云ども更に尽る事無し。須臾の間に、金の銭、倉に満ぬ。父母、此れを歓喜する事限無し。然れば、此の児の名を「金財」と付たり。金財、年漸く長大して、出家の心有て、遂に仏(釈迦)の御許に詣て出家して、羅漢果を得たり。

阿難、此れを見て、仏に白して言さく、「金財比丘、前の世に何なる福を殖て、富貴の家に生れて、手に金の銭を拳て、取るに尽る事無く、今仏に値ひ奉て、出家して、疾く道を得ぞ」と。

仏、阿難に告て宣はく、「昔、乃往過去の九十一劫の時に、仏、世に出給へりき。毗婆尸仏と申す。其の時に、一人の人有き。極て貧窮にして、世を過さむが為に、常に薪を取て売るを以て業と為しに、其の人、薪を買て、二の金の銭を得たり。仏及び、比丘を見て、此の銭を以て施し奉て、願を発して去にき。昔し銭を供養せし貧人と云は、今の金財此れ也。此の功徳に依て、其より以来、九十一劫の間悪趣に堕ちずして、天上人中に生れて、生るる所には常に金の銭を拳て、財宝自然ら恣にして、尽る事無し。今、我れに値て、出家して、道を得る也」と説給けり。

此れを以て思ふに、「人の身に重き宝有て、譬ひ『惜し』と思ふ事有りとも、三宝に供養し奉りたらむに、必ず将来に無量の福を得む事疑ひ無しと知るべし」となむ、語り伝へたるとや。

text/k_konjaku/k_konjaku2-10.txt · 最終更新: 2016/05/18 23:41 by Satoshi Nakagawa
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