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text:k_konjaku:k_konjaku19-8

今昔物語集

巻19第8話 西京鷹仕者見夢出家語 第八

今昔、西京に鷹を仕ふを以て役とせる者有けり。名をば□□と云けり。男子数(あまた)有けり。其等にも、此の鷹仕ふ事をなむ、業と伝へ教へける。

心に懸て、夜る昼る好ける事なれば、寐ても寤ても、此の鷹の事より外の事を思はざりけり。常に、夜は鷹を手に居へて居明し、昼は野に出て雉を狩て、日暮らす。家には、鷹七八を木居へ並たり。狗十廿を繋て飼けり。鷹の夏飼の程は、多の生者を殺す事、其の員を知らず。冬に成ぬれば、日を経て野に出て、雉を捕る。春は、「鳴鳥を合す」と云て、暁に野に出て、雉の鳴く音を聞て、此れを捕る。此の如く為る間、此の人、年漸く老に臨ぬ。

而る間、風発て、心地悪くて、夜る寝られざりけるに、暁方に成る程に、寝入たりける夢に、嵯峨野に大なる墓屋有り。其の墓屋に、我れ、年来住て、妻子共引列て有りと思ふに、冬、極て寒くして過る程に、春の節に成て、日うららかにて、「日なた誇(ぼこり)をもせむ、若菜も摘なむ」と思て、夫婦子共引列て、墓屋の外に出ぬ。 煖によきままに、散々に、或は若菜を摘み、或は遊なむどして、各墓屋の辺をも遠く離れぬ。子共も妻も、此く散々に遊び去ぬ。

而る間、太秦の北の杜の程、多の人の音有り。鈴の音、大なる小きの、数鳴合たり。聞くに、胸塞て極て恐しく思ゆれば、高き所に登て見れば、錦の帽子したる者の、斑なる狩衣を着て、熊の行縢1)(むかばき)を着て、猪の尻鞘したる太刀を帯(はき)て、鬼の様なる鷹を手に居(すゑ)て、高く鳴る鈴を鷹に付たり。鷹の飛び立つを、手に引き居へて、早気なる馬に乗て、数人、嵯峨野に打散て来る。其の前には、藺笠着たる者、身には紺の狩衣を着たり。肱には、赤き草を袖にしたり。袴にも皮を着たり。膝にも物を巻たり。貫(つらぬき)を履(はき)たり。杖を突て、師子の様なる狗に、大なる鈴を付たり。鳴り合たる事、空を響かす。疾気(とげ)なる事、隼の如し。

此れを見るに、目も暗れ心も迷(まよひけ)れば、「然は、我が妻子共を疾く呼び取て隠れむ」と思て見れば、所々に遊び散て、呼取るべきも無し。然れば、西東も思へずして、深き薮の有るに、隠れ入て見れば、我が、「極(いみ)じく悲し」と思ふ太郎子も、薮に隠れぬ。

而る間だ、狗飼・鷹飼、皆野に打散て、所々に有て、狗飼は杖を以て薮を打ち、多の狗共を以て聞(かが)す。「穴極じの態や。此れは何が為べき」と思ひ居たる。此の太郎の隠たる薮様に、狗飼一人寄ぬ。狗飼、杖を以て薮を打つに、生ひ繁りたる薄も、皆杖に当りて折れ臥ぬ。狗は鈴を鳴して、鼻を土に付て聞つつ寄る。「今は限り」と見つる程に、太郎子、堪へずして、空に飛び上たり。其の時に、狗飼、音を挙て叫ぶ。少し去(のき)て立てる鷹飼、鷹を放て打合せつ。太郎子は上ざまに高く飛て行く。鷹は下より羽を□□の責め許の2)

而る間、太郎子、飛び煩て下る程に、鷹、下より飛び合て、腹を頭とを取て、転(まろび)て落ぬ。狗飼、走り寄りて、鷹をば引放て、太郎子を取て、頸骨を掻□□て押し折つ。其の間、太郎子、破(わり)無き音を出すを聞くに、更に生たるべくも思えず。刀を以て、肝心を割くが如し。

「二郎子、何が有らむ」と思ふに、亦、二郎子が隠たる薮様へ行く。狗、聞て寄る。「穴、心疎(うし)」と見居たる程に、狗、急(き)と寄て、二郎子を挟て挙つ。二郎子、羽を開て迷ふ事、限無し。狗飼、亦走り寄て、頸骨を掻□□て押し折つ。

「三郎子、亦、何がならむ」と見るに、三郎子が隠たる薮様に、狗、聞て寄ぬ。三郎子、堪へずして立ち上れば、狗飼、杖を以て三郎子が頭を打て、打落しつ。

子共は皆死ぬれば、「妻をだに残せかし」と悲しく見居たる程に、未だ狗飼も来ぬ前に、妻、疾く飛び立て、北の山様に逃ぐ。鷹飼、此れを見て、鷹を放ち合せて、馬を走らしめて行く。妻は羽疾くして、離れたる松の木の本なる薮に落入ぬ。狗、次(つづ)きて寄て、妻を挟つ。

鷹は松の木に居たれば、鷹飼、置き取て、其の後、我が隠れたる薮は草も高く蕀も滋ければ、深く隠れて居たるに、一にも非ず、五六の狗の鈴を鳴して、我が居たる薮様に来る。我れ、堪へずして、北の山様に飛て逃る時に、空には、数の鷹、高く飛び、短(ひき)く飛つつ、追て来る。下には、多の狗、鈴を鳴して追ふ。鷹飼は、馬を走らしめて来る。狗飼は、杖を以て薮を打つつ□□る。

此く飛て逃る間に、辛くして深き薮に落入ぬ。鷹は高き木に居て、鈴を鳴して、我が有る所を狗に教ふ。狗は鷹の教ふるに随て、我が逃げ行く所を尋て、聞て来る。然は、更に遁ぐべき方無し。狗飼の疲れ3)遣る音、雷の鳴り合たるが如し。悲しく、為む方無く思ゆるままに、下は沢立たる薮に、頭許を隠して、尻を逆にして臥せり。狗、鈴を鳴して寄り来るに、「今は限り」と思ふ程に、夢覚ぬ。

汗水に成て、「夢也けり」と思ふに、「然は、我が年来鷹を仕つる事を見ゆる也けり。年来、多の雉共を殺つるは、我が今夜思えつる様にぞ、悲しく思えつらめ。限り無き罪にこそ有けれ」と、忽に其の心を知ぬ。

夜明くるや遅きと、鷹屋に行て、居へ並めたる鷹共を、有る限り、皆足緒を切て放つ。狗をば、頸縄を切て、皆追ひつ。鷹・狗の具共をば、皆取り集めて、前にして焼つ。

其の後、妻子に向て、此の夢の事を泣々く語て、我れは忽に貴き山寺に行て、髻を切て、法師と成ぬ。其の後、偏に聖人と成て、日夜に弥陀の念仏を唱へて、十余年と云ふになむ、終り貴くて失にける。実に此れ貴き事也となむ、語り伝へたるとや。

1)
底本「行騰」。
2)
底本「許」の右に疑問符。誤脱があるとみられる。
3)
底本「疲」に疑問符。
text/k_konjaku/k_konjaku19-8.txt · 最終更新: 2016/02/07 14:25 by Satoshi Nakagawa