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今昔物語集

巻16第5話 丹波国郡司造観音像語 第五

今昔、丹波の国桑田の郡に住ける郡司、年ごろ宿願有るに依て、「観音の像を造奉らむ」と思て、京に上て一人の仏師を語ひて、其の料物を与へて懃に語ふ。仏師、造るべき由を受て、料物を取つ。郡司、喜びて、国に返ぬ。

此の仏師の、心に慈悲有て、仏を造て世を渡ると云へども、幼の時より観音品を持(たもち)て、必ず日毎に卅三巻を誦しけり。亦、月毎の十八日には、持斎して、懃に観音に仕りけり。

而るに、此の仏師、郡司の語ひを請て後、三月許を経る間に、郡司思係けざる程に、此の観音極て美麗に造り奉て、仏師、具して郡司が家に将奉たり。此の如くの物は、料物を請取たりと云へども、約を違へて久く程を経る事常の事也。而るに、思係けず、此く疾く造奉れるに合せて、仏を思ひの如く美麗に造て、将奉れば、郡司、限無く喜て、「此の仏師に何なる禄を与へむ」と思ふに、身不合にして与ふべき物無し。只具(ぐし)たる物は、馬一つ也。黒き馬の年五六歳許なるが、長け□八□1)許也。口和(やわらか)にして、足固し。道吉く行て、走り疾し。物驚き為ずして、疲難し。諸の人、此の馬を見て欲(ほし)がると云へども、郡司、此れを限無き財と思て、年来持たるに、此の仏師の喜(うれし)さに、「然は、此れを与へてむ」と思て、自ら引出して与つ。仏師、極て喜て、鞍を置て乗て、本乗たりつる馬をば引かせて、郡司が家を出でて、京に上ぬ。

此の馬をば、居る傍に立てて飼ひつるに、其の厩に草など食ひ散したるを見るに、此の郡の司の、恋しく悲く思ひて、忽に渡しつる事、悔しき事限無し。片時思ひ延ぶべくも非ず。燋(い)り糙(も)む様に□□□□□□□□思へども、更に思ひ止まずして、遂に親し□□□□て云く、「□□□□□□徳の為に此の馬を宛つれども、更に為□□惜□□□□我を思はば、此の馬を取返て来なむや。盗人の様を造て、仏師を射殺して、必ず取て来れ」と。郎等、「安き事也」と云て、弓箭を帯して、馬に乗て、走らせて行きぬ。

仏師は直き道より行く。郎等は近き道より前立て、篠村と云ふ所に行て、栗林の中に待立てり。暫許(とばかり)2)有て、仏師、此の馬に乗て□はして来る。郎等、「心踈き態をもせむと為るかな」と思へども、憑みを係けたりし主の云ふ事、背き難ければ、弓に疾雁箭(とがりや)を番て、向ひ様に走らせて、仏師に押し向けて、弓を強く引て、四五丈許の程にて射むには、何にしにかは放(はな)さむ。臍の上の方を背に、箭尻を出しつ。仏師、仰(あふの)け様に箭に付て□落ぬ。馬は放れて走るを、追ひ廻して、捕へて返て、主の家に将行ぬ。郡司、此れを見て、喜ぶ事限無し。本の如く傍に立てて、撫で飼ふ。

其の後、日来を経るに、仏師の許より尋る事も無ければ、「怪し」と思て、此の郎等を京へ上げて、仏師の家に遣る。「『何事か御する。久く案内を申さねば、不審(おぼつかな)くなむ』と云へ」と教へて遣たれば、郎等、京に上て、然る気無くて、仏師の家に這入たれば、其の家は引入れて造たるに、前に梅木の有るに、此の馬を繋て、人二人を以て撫させて、草飼はせて、仏師は延に見居たり。馬、有しよりも□□めき肥にけり。

郎等、此れを見て、奇異(あさまし)く思ふ事限無し。射殺してし仏師も有り、取返してし馬も有れば、「若し僻目か」と思て守り立てるに、仏師も鮮に有り、馬も違はねば、肝迷ひ心騒ぎて、「怖ろし」と思ふと云へども、郡司の言を語る。仏師の云く、「何事も侍らず。此の馬を万の人の欲がりて、買はむと申せども、馬の極たる一物なれば、売らずして持て侍る也」と。郎等、尚、「奇異」と思て、此の事を疾く主に聞せむ為に、走るが如くにして返り下ぬ。

主の許に怱ぎ行て、此の事を語る。郡司も此れを聞て、「奇異」と思て、厩に行て見るに、忽に此の馬見えず。郡司、恐ぢ怖れて、観音の御前に参て、「此の事、懺悔せむ」と思て、観音を見奉れば、観音の御胸に箭を射立奉て、血流れたり。即ち、彼の郎等を呼て、此れを見せて、共に五体を地に投て、音を挙て泣き悲む事限無し。

其の後、二人乍ら、忽に髻を切りて出家しつ。山寺に行て、仏道を修行しけり。

其の観音の御箭の跡、于今開て塞がらず。人、皆参て、此れを礼み奉つる。仏師の慈悲有るを以て、観音代に箭を負ひ給ふ事、本の誓に違はねば、貴く悲き事也。心有らむ人は必ず参て、礼み奉べき観音に在すとなむ、語り伝へたるとや。

1)
底本頭注「長ケノ下一本欠字セズ。八ノ下一本寸字アリ」
2)
「暫」、底本異体字「蹔」
text/k_konjaku/k_konjaku16-5.txt · 最終更新: 2015/11/19 22:42 by Satoshi Nakagawa
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