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今昔物語集

巻16第34話 無縁僧仕清水観音成乞食聟得便語 第卅四

今昔、無縁也ける小僧の常に清水に参る有けり。法花経をぞ暗(そら)に思えて誦(すし)ける。其の音、甚だ貴し。此く常に清水に参て申ける様は、「我れに少の便給へ」とぞ、懃ろに願ける。

例の如く清水に参て、御前にして経を読み居たるに、糸清気なる若き女、傍に有り。然るべき人の娘などとは見えねども、共の女童部など、有べかしくして具したり。此の女、僧に云く、「此くて見れば、常に参り給ふを貴しと思ふに、何こに御する人ぞ」と。僧の云く、「指(させ)る住所も無くて、迷ひ行(あり)く法師也」と。女の云く、「京に御するか」と。僧の云く、「京には知たる人だに無し。此の東渡になむ候ふ」と。女の云く、「日暮ぬれば、今夜は返り給はじ。亦、物など食ふ所ろ無くば、我が家に御しなむや。此の近き所也」と。僧、日暮ぬれば、行き宿るべき所も無し。糸喜(うれし)く候ふ事也」と云て行ぬ。

清水の下の方に、糸清気に造たる小き家也。入て、客居(まらうどゐ)と思しき所に居たれば、程無く食物を糸清気にして取出たり。心悪1)き事限無し。僧、「此る所を儲つる、喜き事也」と思て、其の夜留て、経を読居たり。

此の如く度々行ぬる程に、此の女を見るに、夫有りとも見えず。此の僧、未だ女にも触れざりける僧也けれども、夜る留たる間に、此く懃に当れば、「此れ、観音の給たる也けり」と思て、「此れ、妻にしてむ」と思うて、夜る窃に這寄たるに、女、「『貴き人か』とこそ思つるに、此く御ける」など云て、辞る事も無ければ、遂に近付にけり。

其の後、日来を触る程に、見れば器量(いかめし)き魚物の饗膳を調て、外より持来たり。僧、「此れは何ぞ」と問へば、「人の奉れる也」と云ふ。吉く聞けば、早う、此の家は乞食の首にて有ける者の娘也けり。其れに、伴の乞食の、主(あるじ)と云ふ事しける、送物を持来たる也けり。聟の僧も交らふまじかりければ、其れも乞食に成てぞ、楽くて有ける。

「観音の霊験不思議也」とは云ひ乍ら、何ぞ乞食には成させ給ひけむ。其れも、強に、「便を給へ」と申けるに、此の故に非ずして、便を給ふべき様こそは無かりけめ。亦、前世の宿報の致す所にや有らむ。此れを、人、知る事無かりけりとなむ、語り伝へたるとや。

1)
「にく」底本異体字。りっしんべんに惡
text/k_konjaku/k_konjaku16-34.txt · 最終更新: 2015/12/21 21:41 by Satoshi Nakagawa
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