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今昔物語集

巻16第3話 周防国判官代依観音助存命語 第三

今昔、周防の国玖珂の郡に住む人有けり。其の国の判官代也。幼の時より心に三宝を信じて、常に法花経の第八巻の普門品を読誦して、観音に仕けり。月毎の十八日には、自ら持斎して、僧を請じて、普門品を読誦せしむ。

亦、其の郡の内に一の山寺有り。三井と云ふ。観音の験じ給ふ寺也。判官代、常に此の寺に詣て、其の観音を恭敬し奉事久く成にけり。

而るに、此の判官代、其の国の内に敵有て、短(ひま)を伺ひ隙を計て、「判官代を殺さむ」と思けり。

而る間、判官代、国府に参て公事を勤て、家に返る間、彼の敵、数の軍を具して、道にして待けるに、判官代、来り会ぬ。敵、喜て、判官代を殺さむとす。敵、并に具せる所の軍等、判官代を見付て、喜て判官代を馬より引き落して、刀釼を以て切り、弓箭を以て射、桙を以て貫き、足を切り、手を折り、目を彫り、鼻を削り、口を割き、段々(ずたずた)に其の身を殺し伏せつ。敵、年来の本意を遂つる事を喜て、飛が如くにして逃げぬ。

而るに、判官代は、敵より始め、軍共、我れを馬より引落して切り射ると云へども、更に身に当る事無くして、一分許の疵無し。怖しと云へば愚也や。心肝失せて、物思えずと云へども、身に恙無き事を喜て、家に返ぬ。

国郡の内の人、皆、「判官代殺されぬ」と聞つ。敵も殺つれば、心安く思て有る程に、判官代、生て家に有る由を聞て、敵、信ぜずして、奇異に思ふ事限無し。然れば、密に判官代が家に人を遣りて見しむるに、使、返て云く、「夜前(ようべ)、段々に殺せる所の判官代、一分の疵無して有り」と。敵、此れを聞て、実に奇異に思ふ事限無し。

而る間、判官代、夢に貴く気高き僧来て、告て云く、「我れ、汝が身に代て、多の疵を蒙れり。此れ、汝が急難を救ふ故也。若し、虚実を知らむと思はば、三井の観音を見奉るべし」と宣ふと見て、夢覚ぬ。

明る朝、判官代、急て三井に詣でて、観音を礼み奉るに、首より始て趺(あなうら)に至まで、一分全き所無く、観音の御身に疵有り。御手を折て前に棄て、御足を切て傍に置き、御眼を彫り、鼻を削り奉れり。判官代、此れを見て、涙を流し音を挙て、泣き悲む事限無し。国の内の近く遠き人、此れを聞て集来て、此の疵を礼み奉て、貴み悲む。

其の後、諸の人、力を加へて、本の如く修補し奉つ。此の後は、国の内の上中下の人、此の判官代を戯れの言に、「金判官代」とぞ付たりける。其れは、若干の軍に只一人値て、段々に切り射らるると云へども、塵許の疵無きが故に云ふなるべし。亦、敵、此の事を聞て、永く悪き心を止て、道心を発して、判官代に親く昵て、深き契を成して、本の心を失にけり。亦、此れを聞く人、懃に此の観音に仕けり。

此れを思ふに、観音の霊験の不思議なる事、天竺・震旦より始めて、我が国に至まで、于今始めずと云へども、此れは正しく人に代て疵を受け給へる事の貴く悲き也。

然れば、「世に有らむ人、専に観音を念奉るべし」となむ語り伝へたるとや。

text/k_konjaku/k_konjaku16-3.txt · 最終更新: 2015/11/18 22:18 by Satoshi Nakagawa
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