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今昔物語集

巻16第29話 仕長谷観音貧男得金死人語 第廿九

今昔、京に有ける生侍の身貧き有けり。父母も無く、憑る主も無く、□身も無かりければ、極て身貧くして過けるに、「長谷の観音こそ有難き人の願をば満給ふなれ。我のみ其の利益に漏るべきに非ず」と深く信じて、京より諧(かなは)ぬ身なれども、只独り歩より長谷に参にけり。

申しける様、「願くは、観音、大悲の利益を以て、我に聊の便を給へ。有難き官位を望み、限無き富貴を得むと申さむこそ難らめ。只少の便を給へ。前世の宿報拙して、貧き身を得たりとも、『観音は誓願、他の仏菩薩には勝れ給へり』と聞く。必ず我を助け給へ」と懃ろに申して日来籠て候ひけれども、夢をだに見ざりければ、歎き悲むで返にけり。

然て、其の後、月毎に参りつつ、此く申しけれども、更に少も見ゆる事無かりければ、其の妻有て云く、「汝ぢ、何の故に諧はぬ身に、月毎に長谷へは参るぞ。仏も皆縁に依て利益を施し給ふ事とこそ聞け。此く参れども、少しの事も見えぬは、縁の御さぬにこそは有めれ。此より後、更に参るべからず」と制しけれども、男、「現に然は有れども、『三年、月毎に参りて試む』と思ふを、譬ひ現世こそ叶はざらめ、後世をも助け給へかし」と云て参けるに、夢許も験無かりけり。

而る間、既に三年に満なむと為る年の畢(はて)に成て、十二月二十日余に参て結願しつ。「前の世の果報なれば、観音の力及ばせ給はぬ事にこそは」と、泣々く申して京に返けるに、終道(みちすが)ら、涙、雨の如く落て、悲き事限無し。日暮方に成て、既に九条の程を行くに、只独り心細くて行けるに、庁の下部と云ふ放免共に会ぬ。此の男を、放免共、俄に捕ふれば、男、「此れは何故に捕ふるぞ」と云へば、早う夫に取也けり。曳張て上様へ将行て、八省に将入ぬ。

男、奇異(あさまし)く思ふ程に、内野に有ける十歳許なる死人を、「此れ川原に持行て棄よ」と責ければ、男、終日長谷より歩み極(こう)じて、力無く堪へ難くて、「我れ、長谷に三年月参して、結願して返る時しも、此る目を見るこそ、実に前世の果報の致す所なめれ。妻の常に云ひつる様に、機縁の御さざりける也けり」と、哀れに思て、此の死人を持つに、極て重くして、持上らず。然れども、放免共、強に責れば、念じて持て行くに、放免共、後に付て見れば、棄て逃る事も無くて行くに、極て重き1)

川原まで否(え)行着かずして、男、心に思ふ様、「我れ独して此の死人を川原へ持行き難し。然れば、我れ家に持て行て、夜る妻と二人持て棄てむ」と思て、男、放免共に、「此なむ思ふ」と云ければ、放免、「然らば、然も為よ2)」と云ければ、男、家に死人を持て行たれば、妻、此れを見て、「其れは何ぞ」と云へば、男、「然々の事にて、此く思て持来る也」と云て、泣く事限無し。妻、「然ればこそ云つれ。然とて有るべき事に非ず」と云て、夫と二人、此の死人を持つに、極て重し。

力を発して持つに、猶重ければ、怪むで死人を捜るに、極て固し。然れば、木の端を以て指すに、金の様也。其の時に、火を燃して、小石を以て扣けば、中は黄也。吉く見れば、金にて有り。奇異くて思ふに、「早う、長谷の観音の哀び給ふ也けり」と悲く貴くて、其の死人を深く家の内に隠し置て、明る日より、妻夫共に此の金の死人を打欠つつ売て、世を過けるに、程無く並無き富人と成ぬ。身に便出来にければ、自然に官(つかさ)など成て、公に仕て、止事無かりけり。

観音の利益、実に貴し。其の金の死人出来て後は、弥よ懃に長谷に仕けり。彼の死人を持て、男、家に入にければ、門に有つる放免も見えざりけり。此れを思ふに、実の放免の夫に取けるにや、亦、観音の変じ給けるにや、其れを知らずとなむ、語り伝へたるとや。

1)
底本頭注「重キハ重シノ誤カ」
2)
底本「為せよ」
text/k_konjaku/k_konjaku16-29.txt · 最終更新: 2015/12/19 13:17 by Satoshi Nakagawa
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