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今昔物語集

巻16第28話 参長谷男依観音助得富語 第廿八

今昔、京に父母妻子も無く、知たる人も無かりける青侍有けり。長谷に参て、観音の御前に向て、申して云く、「我れ、身貧くして一塵の便無し。若し、此の世に此くて止むべくば、此の御前にして干死(ひじに)に死なむ。若し、自然ら少の便をも与へ給ふべくは、其の由を夢に示し給へ。然らざらむ限りは、更に罷り出でじ」と云て、低(うつぶ)し臥たり。

寺の僧共、此れを見て、「此れは何なる者の此ては候ふぞ。見れば、物食ふ所有とも見えず。若し、絶入なば、寺に穢出来なむとす。誰を師とは為ぞ」と問へば、男の云く、「我れ、貧き身也。誰1)を師とせむ。只、観音を憑奉て有る也。更に物食ふ所無し」と。寺の僧共、此れを聞て、集て云く、「此の人、偏に観音を恐喝(おどし)奉て、更に寄る所無し。寺の為に大事出来なむとす。然れば、集て此の人を養はむ」と定て、替々る物を食(くは)すれば、其れを食て、仏の御前へを去らずして、昼夜に念じ入て居たるに、三七日にも成ぬ。

其の曙ぬる夜の夢に、御帳の内より僧出でて、此の男に告て、宣はく、「汝が前世の罪報をば知らずして、強に責め申す事、極て当らず。然れども、汝を哀ぶが故に、少しの事を授けむ。然れば、寺を出むに、何物也と云ふとも、只手に当らむ物を棄てずして、汝が給はる物を知るべし」と宣ふと見て、夢覚めぬ。

其の後、哀びける僧の房に寄て、物を乞て食て出づるに、大門にして𧿕躓(けつまづき)2)て低ぶしに倒ぬ。起上る手に、不意(そぞろ)に拳(にぎ)られたる物有り。見れば、藁の筋也。「此れを給ふ物にて有にや」と思へども、夢を憑て、此れを棄てずして、返る程に夜も曙ぬ。

而る間、䗈(あぶ)3)、顔の廻に翔ぶを、煩しければ、木の枝を折て掃ひ去れども、尚同じ様に来れば、䗈を手に捕へて、腰を此の藁筋を以て引き括りて持たるに、䗈、腰を括られて飛び迷ふ。

而る間、京より然るべき女、車に乗て参る。車の簾を打ち纏て居たる児有り。其の形ち美麗也。児の云く、「彼の男、其の持たる物は何ぞ。其れ乞て得させよ」と。馬に乗てある侍来て云く、「彼の男、其の持たる物、若君の召すに、奉れ」と。男の云く、「此れは観音の給たる物なれども、此く召せば、奉らむ」と云て渡たれば、「糸哀れに奉たり」とて、「喉乾くらむ。此れ食(くへ)よ」とて、大柑子三つを馥しき陸奥国紙に裹みて、車より取せたれば、給はりて、「藁筋一つが大柑子三つに成ぬる事」と思て、木の枝に結ひ付て、肩に打係て行く程に、品賤しからぬ人、忍て侍など具して、歩より長谷へ参る有り。

其の人、歩び極(こう)じて、只垂(つかれ)に垂居たるを見れば、「喉乾く。水飲せよ。既に捶入(たえいらん)4)とす」と云へども、共の人々、手を迷して、「近く水や有る」と騒ぎ求めども、水無し。「此れは何がせむと為る」と云ふ間に、此の男の和ら歩び寄たるに、「此の辺近く、浄き水有る所知たりや」と問へば、男の云く、「近くは水候はず。但し、何なる事の候にか」と。人々の云く、「長谷に参らせ給ふ人の、歩極ぜさせ給て、御喉乾かせ給ひたれば、水を求る也」と。男の云く、「己れ柑子三つ持たり。此れ奉らむ」と。

其の時に、主人は極じて寝入たるに、人寄て、驚かして、「此なる男(をと)この柑子を持たるを奉れる也」と云て、柑子三つを奉れば、主人の云く、「我は喉乾て、既に絶入たりけるにこそ有けれ」と云て、柑子を食て、「此の柑子無からましかば、旅の空にて絶入り畢(はて)まし。極て喜しき事也。其の男は何こに有ぞ」と問へば、「此に候」と答ふ。主人の云く、「彼の男の、『喜(うれ)し』と思ふ許の事は、何が為べき。食物などは持来たるか。食はせて遣はせ」と云へば、其の由を男に云ふに、旅籠馬・皮子馬など将来ぬ。即ち、屏幔引き、畳敷などして、昼の食物、此にて奉らむず5)。此の男にも食せたれば、食ひつ。

主人、此の男に云く、清き布、三段(みむら)取出して、給て云く、「此の柑子の喜しさは云ひ尽すべくも無けれども、此る旅にては何にかはせむと為る。只、此れは志の初め許を見する也。京には其々(そこそこ)になむ有る。必ず参れ」とて、其の所を去ぬ。

男、布三段を取て脇に挟むで、「藁筋一つが布三段に成ぬる事。此れ、観音の御助也けり」と、心の内に喜て行く程に、其の日暮れぬれば、道辺なる人の小家に宿りぬ。

夜曙ぬれば、疾く起て行く程に、辰時許に、吉き馬に乗たる者の、馬を愛しつつ、道も行き遣らず、翔(ふるま)はせて合たり。「目出たき馬かな」と見る程に、此の馬、俄に倒て、只死に死ぬるを、主、我れにも非ぬ気色にて、下て立てり。即ち、鞍下しつ。「此れは何がせむと為る」と云へども、甲斐無くて死畢てぬれば、手を打て泣く許思て、賤しの馬の有るに、鞍置き替て乗去ぬ。従者一人を留て、「此れ引き隠せ」と云置たれば、男、死たる馬を守り立てるに、此の男こ、歩び寄て云く、「此れは何がなりつる馬の俄に死ぬるぞ」と。答て云く、「此れは、陸奥国より此れを財にて上(たてまつ)り給へるに、万の人欲がりて、『直も限らず買はむ』と云つれども、惜むで持ち給へりつる程に、其の直、一疋をだに取らずして止ぬ。『皮をだに剥ばや』と思へども、『剥ても旅にては何にかはせむ』と思て、守り立てる也」と。

此の男の云く、「『実に極(いみじ)き馬かな』と見つる程に、此く死ぬれば、命有る者は奇異也。皮剥ても、忽まちに干得難かりなむ。己は此の辺に住めば、皮を剥ぎて仕ふべき事の有る也。己れに得させて、返り給ひね」と云て、此の布□□めを□□6)はせたれば、男、「思はぬに所得したり」と思て、「思ひ返す事もや有る」と思へば、布を取て、逃るが如くして走去ぬ。

此の死たる馬買う男の思はく、「我れ、観音の示現に依て、藁筋一つを取て、柑子三に成ぬ。柑子、亦布三段に成ぬ。此の馬は、仮に7)死て、生返て、我が馬と成て、布三段が此の馬に成むずるにや」と思て、買なるべし。然れば、男、手を洗ひ口を漱て、長谷の御方に向て礼拝して、「若し、此れ御助けに依ならば、速に、此の馬、生させ給らむ」と念ずる程に、馬、目を見開て、頭を持上て起むとすれば、男、寄て、手を係て起し立てつ。喜しき事限無し。

「若し、人もぞ来る」と思て、漸く隠たる方に引入れて、時替まで息ませて、本の様に成ぬれば、人の家に引入て、布一段を以て、賤の鞍に替へて、此れに乗て、京の方に上るに、宇治の程にて日暮ぬれば、人の家に留て、今一段を以て馬草・我が粮に成して、曙ぬれば京へ上るに、九条渡なる人の家を見るに、物へ行むずる様に出立ち騒ぐ。

男の思はく、「此の馬を京に将行らむと、若し、見知たる人も有て、盗たると云はれむも由無し。然れば、此にて売らむ。出立する所には、馬要する物ぞかし」と思て、馬より下て、寄て、「馬や買ふ」と問ければ、馬を求る間にて、此の馬を見るに、実に吉き馬にて有れば、喜て云く、「只今、絹・布などは無きを、此の南の田居に有る田と、米少とには替てむや」と。男の云く、「絹・布こそは要には侍れども、馬の要有らば、只仰に随はむ」と。然れば、此の馬に乗り試むるに、実に思ふ様也ければ、九条の田居の田一町、米少しに替へつ。

男、券など拈(しただ)め取て、京に髴知(ほのしり)たりける人の家に行き宿りて、其の米を粮として、二月許の事なれば、其の田を其の渡の人に預て、作らしめて、半をば取て、其れを便として世を過すに、便り、只付きに付て、家など儲て楽しくぞ有ける。其の後は、「長谷の観音の御助け也」と知て、常に参けり。

「観音の霊験は此く有難き事をぞ示し給ける」となむ語り伝へたるとや。

1)
底本「唯」。誤植とみて訂正。
2)
「𧿕」は足へんに化。
3)
底本頭注「䗈諸本蝄ニ作ル今宇治拾遺等ニヨリテ訂ス」
4)
底本頭注「捶一本絶ニ作ル」
5)
底本頭注「奉ラムズノ下脱文アラン一本奉レバトアリ」
6)
底本頭注「布ノ下宇治拾遺一ムラ取ラセタレバトアリ」
7)
底本頭注「仮一本俄ニ作ル」
text/k_konjaku/k_konjaku16-28.txt · 最終更新: 2015/12/19 02:25 by Satoshi Nakagawa
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