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今昔物語集

巻16第25話 島被放人依観音助存命語 第廿五

今昔、薩摩の守□□□□と云ふ者有けり。任国に下らむと為るに、大隅の掾紀の□□と云ふ者有て、此の薩摩の守に付て、其の国に下ぬ。

一任既に畢て、守、上る間、此の大隅の掾、守の為に聊か違ふ事有て、守、「大隅の掾を殺てむ」と思ふ心有けり。大隅の掾、更に此の心を知らずして、守の船に有るに、安芸・周防の程を過る間、其の息(お)きに人も寄らぬ島の有けるに、謀事を構て、此の大隅の掾を放ち置て、守は過ぬ。

大隅の掾、「我れをば殺さむと為て、此の島に放つる也けり」と思て、只独り知らぬ島に有り。心細く悲き事限無し。妻子・従者などは別船にて有れば、「大隅の掾は守の船に有るぞ」と知て、島に放れぬる事を露知らずして、皆前立て、遥に過ぬれば、此れを知る事無し。

然て、此の大隅の掾、本より因果を信じて慈悲有ければ、法花経を受け習て、日毎に一部、若は半部、若は一品をも必ず読て、絶つ日無かりけり。亦、年来、懃ろに観音に仕て、月毎の十八日には、持斎して観音を念じ奉けり。然れば、此の島に放れて、悪獣の為にも噉はれ、食に餓ても、死なむ事を待ける時にも、法花経の第八巻の普門品を読奉て、観音を念じ奉ける。

其の日、既に暮ぬれば、浜の砂の上に臥して、歎き悲む事限無し。終夜、「今や悪獣来て、我れを噉ぬる」と思て、観音を念じ奉けるに、辛くして夜曙ぬれば、遥に海の面を見遣るに、黒き物の海に浮て来る。「此れは何の来るにか有らむ」と、怖しく思ふ程に、漸く近付くを見れば、小き艋(つりぶね)也。疾き事、風の如くして、此の島に来付ぬ。船の人、島に下て、大隅の掾を見て、驚き怪て云く、「此の島には、昔より、人来ぬ所也。此れ誰れ人の来れるぞ」と。大隅の掾、事の有様を語り聞かす。船の人、此れを聞て、人々哀て、先づ食物を与ふ。掾、昨日より食はずして、餓に及ぶに依て、先づ此れを食して、餓の心直ぬ。

船人の云く、「我等、年来、此の島を見□□1)へども、未だ来たる事無かりつ。而るに、夜前(ようべ)、思係けず相ひ□して、此の島に来る事は、此の人の仏の助を蒙て、死に給ふまじき故也けり。然れば、我等、此の人を里に送り付む」と云て、船に乗せて、周防の国府に送り付つ。然れば、掾、思ひ係けぬ命を生たる事を喜て、人の家に立入て、暫く周防の国府に有けり。「此れ、偏に観音の助け也」と知ぬ。

其の後、京に上る船に付て、相ひ構て上りぬ。妻子・従者、此れを見て、道にして海に入りぬと知て、「今は無き人ぞ」と思けるに、上たれば、喜び乍ら事の有様を問ふに、委く語けり。其の後は、懃ろに法花を誦し、弥よ観音に仕けり。

彼の薩摩の守、「大隅の掾有り」と聞て、何に奇異に思けむ。此の事、皆世に聞えにけりとなむ、語り伝へたるとや。

1)
底本頭注「見ノ下一本レドモノ三字アリ」
text/k_konjaku/k_konjaku16-25.txt · 最終更新: 2015/12/15 01:14 by Satoshi Nakagawa
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