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今昔物語集

巻16第17話 備中国賀陽良藤為狐夫得観音助語 第十七

今昔、備中の国賀陽の郡葦守の郷に、賀陽の良藤と云ふ人有けり。銭を商て家豊か也。天性1)淫奔にして、心色めかし。

而るに、寛平八年と云ふ年の秋、其の妻、京に上れる間、良藤、寡にして独り家に有るに、夕暮方に外に出て彳亍(たたず)みて行くに、忽に美麗なる女の年若きを見る。良藤、未だ見ざりつる者にて、愛欲の心を発して、触ばはむと為るに、女、逃ぬべき気色なれば、良藤、歩び寄て、女を捕へて、「何なる人ぞ」と問へば、女、気はひ花やかにて、「誰にも非ず」と答ふる様、労た気也。良藤、「我が有る所へ去来(いざ)」と云ふに、女、「見苦しき事」と云て、引き離れむと為れば、良藤、「然は、何こに有るぞ。我れ具して行かむ」と云へば、女、只「彼(かし)こに」とて歩び行くに、良藤、女を捕へ乍ら行く。

糸近き所に、清気に造たる家に入ぬ。内を見れば、有るべかしく□たり。良藤、「何で此る所有つらむ」と思ふに、家の内の上中下の男女、様々に有て、「君御坐しにたり」と騒ぎ合たり。「此の女は家の娘也けり」と思ふに、喜(うれ)しくて、其の夜通じぬ。

明る朝に、家主と思ゆる人出来て、良藤に云く、「然るべきにこそ、此くて御しつらめ。今は此くて御せ」と云て、目安く持成して有るに、良藤、此の女に心移畢てて、永く契を成して、起き臥し過すに、「我が家、子共何ならむ」と思えず。

彼の本の家には、夕暮方より見えねば、「例の何こに這隠れたるにか」と思ふに、夜に入まで見えぬを悪2)む者も有り。「穴物狂はし。尋ね申せ」など云ふ程に、夜半にも過ぬれば、其の辺を尋ぬるにも無し。「遠く行にけるか」と思へば、装束も皆有り。白衣にて失にけり。

此の如く騒ぐ程に、夜も曙ぬ。行くべき所々尋ぬるに更に無し。「若き程の心、定まらぬならばこそ、出家をもし、身をも投げ給はめ。糸奇異なる態かな」と騒ぐに、彼の良藤が有る所には、年月を経て、其の妻、既に懐妊しぬ。月満て、平に子を産つ。然れば、弥よ契り深くして過る程に、年月、只行きに行く心地して、「様々思ふ様也」と思ふ。

本の家には、良藤失て後、尋ね求むと云へども、値ふ事を得ずして、良藤が兄大領豊仲・良藤が弟統領豊蔭・吉備津彦神宮寺の禰宜豊恒・良藤が子忠貞等、皆家富る者共也。此等、皆歎き悲むで、「良藤が屍をも求め得む」と思て、共に願を発して、十一面観音の像を造らしむとして、栢の木を伐て、良藤が長と等しく造て、此れに向て礼拝して、「屍をだに見む」と祈り請ふ。亦、彼の失にし日より始めて、念仏読経を始めて、良藤が後世を訪ふ。

而る間、彼の良藤が有る所に、俄に一人の俗、杖を突て来る。家の人、主より始めて此れを見て、恐ぢ怖るる事限無し。皆逃げ去ぬ。俗、杖を以て、良藤が背を突きて、狭き所より出さしむ。

而る間、良藤失せて後、十三日と云ふ夕暮に、人々良藤を恋ひ悲むで、「然ても奇異に失せにしかな。只今許の事ぞかし」など云ひ合つる程に、前なる蔵の下より、怪く黒き者の猿の様なるが、高這をして這出でて来れば、「何ぞ此れは」と、有る限り見喤(ののし)るに、「我也」と云ふ音、良藤にて有り。子の忠貞、奇異に思ふと云へども、現に祖の音にて有れば、「此れは何に」と云て、土に下て引き上つ。

良藤が云く、「我れ、寡にして独り有りし間、常に『女に通ぜむ』と思ひしに、忽に止事無き人の聟と成て、年来有つる間、一の男子を儲たり。其の形ち美麗にして、我れ、朝夕に抱き、手を放つ事無かりつ。我れ、此れを太郎とす。忠貞をば次の子とせむ。其の児の母、我れ貴ぶが故也」と。忠貞、此れを聞て云く、「其の御子は何こにぞ」と、良藤が云く、「彼こに有り」と、倉の方に指を差す。忠貞より始めて、家の人、此れを聞て、「奇異」と思て、良藤が形を見れば、痩たる事、病に煩へる人の如し。着物を見れば、着て失にし衣也。即ち、人を以て蔵の下を見しむれば、多の狐有て、逃て走り散にけり。其の所に良藤が臥す所有けり。

此れを見て、「良藤が狐に謀られて、其の夫と成て、移し心無くして、此く云ふ也けり」と知て、忽に貴き僧を請じて祈らしめ、陰陽師を呼て祓はしめて、度々沐浴せさせて見るに、有し人に似ず。其の後、漸く本の心に成て、何に恥かしく奇異也けむ。

良藤、倉の下に居て十三日也。而るに、良藤、十三年と思えけり。亦、倉の下、纔に四五寸許也。而るに、良藤、高く広く思えて、出入して大なる屋などと思えけり。皆此れ霊狐の□の徳也。彼の杖を突て入れる俗と云は、造り奉る所の観音の変じ給へる也。然ば、世の人、専に観音を念じ奉るべし。其の後、良藤、身に恙無くして、十余年有て、六十一にして死にけり。

此の事は三善の清行の宰相の、其の時に備中の守にて有けるが、語り伝へたるを、聞次て語り伝へたるとや。

1)
底本頭注「天性ノ下一本無限キノ三字アリ」
2)
「にく」底本異体字。りっしんべんに惡
text/k_konjaku/k_konjaku16-17.txt · 最終更新: 2015/12/06 11:36 by Satoshi Nakagawa
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