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今昔物語集

巻15第54話 仁和寺観峰威儀師従童往生語 第五十四

今昔、仁和寺に観峰威儀師と云ふ者有けり。其の従(とも)に一人の童有けり。馬の草苅らしめ、糞など取て棄てしむる程の下童也。年十七八許也けり。名をば滝丸と云ふ。調布を衣に着たり。夏は袖も無き衣にして長は膕(よぼろ)本にして、冬は二つ許、夏は一つ着せてぞ仕ひける。

而る間、此の童、八月許に、主に、「物へ行かむ」と暇を乞ひければ、此れを聞く人、皆、「人々しく此の童の暇申したる」など云て咲ひけり。

而るに、此の童、仁和寺の西に鳴滝と云ふ所に行て、河に水を浴みて、小松原の有る所に行て、薄を苅集て、小き庵を造て、庵の内に入り居て、西に向て掌を合せて、音を挙て、「南無阿弥陀仏」と、十・廿度許唱ふるに、其の辺の馬牛飼ふ童部、此の音を聞て、「滝丸は何事為るぞ」と思て、寄て立ち並て見るに、此の如く念仏を唱へて、念仏の音止ぬれば、頸を打垂(うちたら)ひて死ぬ。其の合せたる手は、然乍ら有り。

童部、此れを見て、驚て、人に告れば、仁和寺の人、員知らず集来て、此れを見て、「奇異の事也」と貴びて皆返にけり。此の童は、世を経て何と無く口をぞ動しける。此れを思ひ合するに、「早う、念仏を唱へける也けり」とぞ、人、心得て貴びける。

此れを思ふに、賤の物の、故も知らぬ童也と云へども、年来、極楽を願けるにや。口を動かしけるは、念仏を申しけるなめり。遂に命終らむと為る時を知て、静なる所に行き居て、居乍ら掌を合せ、念仏を唱へて、西に向て死ぬれば、疑ひ1)無く極楽2)に往生したる者とぞ、語り伝へたるとや。

1)
底本「疑」空白。脱字とみて補入。
2)
底本「楽」空白。脱字とみて補入。
text/k_konjaku/k_konjaku15-54.txt · 最終更新: 2015/11/10 15:15 by Satoshi Nakagawa
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