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今昔物語集

巻15第51話 伊勢国飯高郡老嫗往生語 第五十一

今昔、伊勢の国飯高の郡□□の郷に、一人の老たる嫗有けり。道心有て、月の上十五日には仏事を修して、下十五日には世路を営けり。其の仏事を勤ける様ま、常に香を買て、其の郡の内の諸の寺に持参て、仏に供養し奉けり。亦、春秋に随て、野に出で山に行きて、時の花を折て、其の香に加へて、仏に供養し奉けり。亦、米・塩及び菓子・雑菜等を調へて、其の郡の内の諸僧に供養しけり。

此の如き三宝を供養する事、常の事として、懃ろに「極楽に往生せむ」と願て、数(あまた)の年を経る間、此の嫗、忽に身に病を受て、日来悩み煩ひける間、子孫を初めとして、家の従者等、皆此れを歎て、飯食を勧め、病を扶けむと為るに、嫗、俄に起居ぬ。本着たりつる所の衣は自然ら脱落ぬ。看病の者、此れを怪むで見れば、嫗、右の手に一茎の蓮花を持たり。葩(はなびら)の広さ七八寸許にして、光り鮮やかに、色微妙(めでた)くして、香馥ばしき事限無しし。更に此の世の花と見えず。

看病の輩、此れを満て、「奇異也」と思て、病者に問て云く、「其の持給へる花は、何(いづ)こに有つる花ぞ。亦、誰人の持来て与へたるぞ」と。病者答て云く、「此の花は輙く人持て得さする花にも非ず。只、我れを迎ふる人の持来て与へたる也」と。此れを聞く看病の輩、「奇異也」と思て貴ぶ間、病者、居乍ら失にけり。此れを見聞く人、「疑ひ無く極楽の迎へを得たる人也」と云て、悲び貴びけり。

此れを思ふに、本着たりける衣の自然ら脱落けむ、心得ぬ事也。「主の極楽に往生するに依て、汗穢の衣なれば、脱落るなめり」とぞ、人疑ひける。亦、「自然に蓮花出来て、手に取つる事は、嫗を迎ふる極楽の聖衆の持来与へ給ける也」と、空に人知ぬ。其れを、凡夫の肉眼には見えざる也。嫗は往生すべき時至て、肉眼に非ずして、慥かに見て告ける也。

其の花、其の後、何が有けむ。有無しを知らず。定めて失にけむとなむ語り伝へたるとや。

text/k_konjaku/k_konjaku15-51.txt · 最終更新: 2015/11/10 10:25 by Satoshi Nakagawa
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