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今昔物語集

巻15第46話 長門国阿武大夫往生兜率語 第四十六

今昔、長門の国□□の郡に阿武の大夫と云ふ者有けり。極て心武くして、殺生を業として、人に恐れられて、威勢国に満ちて、恣に悪業を造る事限無し。年来、此の如くのみして、善根を勤むる事を更に知らざりけり。

而る間、年老に臨て身に重き病を受て、日来悩み煩て、既に死なむと為る程に、数(あまた)の僧を請じて、法花経を転読せしめて、病の𡀍1)む事を祈らしむと云へども、日来を経て遂に死ぬ。然れば、僧共、皆返ぬ。

而るに、其の中に一人の持経者有り。事の縁有るに依て、死人の後世を訪はむが為に留り居て、死人に向て法花経を誦する間、第八巻の「是人命終。為千仏授手」と云ふ所を誦するに、此の死人、忽に活(いきかへり)ぬ。家の中の人、此れを見て、泣々く喜び貴ぶ事限無し。

而る間、死人、漸く人心地に成て、起居て、掌を合て持経者に向て、此の文を聞て涙を流して、持経者を勧めて、此の文を六七返誦せしむ。病人、此れを聞て貴ぶ事限無し。持経者に語て云く、「我れ死つる時、冥途の悪鬼、我れを駈り追て、将去つる間に、持経者、此の文を誦し給ひつるに、忽に天童来て、我れを将返らしめて、人界に趣かしめて返したる也」と。

其の後、病𡀍2)て、例の如くに成ぬ。阿武の大夫、年来の悪行を忘れて、道心を発して、頭を剃て僧を成ぬ。名を修覚と云ふ。

其の後、法花経を受け習て、心を至して日夜に読誦しけり。「此の世は益無き所也けり。偏に後世の菩提を願はむ」と思取て、永く悪を断ち善を修する間、年老に臨て、遂に命終らむと為る時に、数の僧を請じて、法花経を転読せしめ、自らも亦法花経を誦して失にけり。

其の後、一の僧の夢に、彼の修覚入道、形ち衰ず衣服直(ただし)くして、僧に語りて云く、「我れ法花経を読誦せし力に依て、今、兜率天上に生れぬ」と云ふと見けり。然れば、此の夢を修覚入道が妻子眷属に語りけり。此れを聞く人、皆涙を流して喜び貴びけり。

此れを思ふに、年来悪を行ずと云へども、思ひ返て善に趣ぬれば、書く貴き也となむ、語り伝へたるとや。

1) , 2)
口へんに愈
text/k_konjaku/k_konjaku15-46.txt · 最終更新: 2015/11/08 13:08 by Satoshi Nakagawa
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