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text:k_konjaku:k_konjaku15-43

今昔物語集

巻15第43話 丹波中将雅通往生語 第四十三

今昔、丹波中将と云ふ人有けり。名をば雅通1)と云ふ。右少弁の□□入道2)と云ふ人の子也。本より心直(ただ)しくして、諂曲無かりけり。人の為に悪き心を発さず。

但し、若かりける程に、殿上人にて有ければ、栄耀を以て宗として、同じ程の公達などと遊び戯るる間、心に非ぬ罪を造けり。人に伴なひて、春は山に入て鹿を狩り、秋は野に出て雉を殺す。此の如く罪を造り、栄花を好むと云へども、内には道心有て、常に世をば厭ふ心有ければ、常に法花経を誦しけり。

其の中に、提婆品をぞ深く心に染めて、日毎に十廿返も誦しける。此の品の中に、「浄心信敬不生疑惑者。不堕地獄餓鬼畜生。若在仏前蓮花化生。」と云ふ文を、朝暮の口実(くちすさび)として誦しける。

而る間、身に病を受て、日来悩ける間に、何(いつ)とも無く病重りて、既に限に成ぬる時に、偏に提婆品を誦して、更に其の外の事を云はずして失にけり。

而るに、此の中将、生たりける時、或る聖人と師檀の深き契り有けるに、聖人、中将失たりと云ふ事を未だ知らずして、初夜の程に、仏の御前に念誦して有けるに、居乍ら眠入たりける夢に、五色の雲、空より聳き下て、彼の丹波中将の家の寝殿の上に覆ふ。光を放ち、馥ばしき香満て、空には微妙の音楽の音聞ゆ。其の五色の雲、音楽の音、漸く西を指て去ぬと見て、夢覚ぬ。

聖人、「怪き事かな」と心に騒ぎ思て、夜曙るや遅きと、彼の中将の家に行て尋ぬれば、人有て、「夜前(ようべ)の戌の時に、中将は早う失給ひにき」と云へば、聖人、泣々く彼の夢を語て、返て、中将の後世を弥よ訪けり。世の人も此れを聞て、「丹波中将は疑ひ無く往生したる人也」とぞ、云ひ貴びける。

其の時に、右京の大夫藤原の道雅と云ふ人有けり。帥の内大臣3)と申しける人の子也。放逸邪見也ける人にて、彼の聖人の夢の事を聞て、信ぜずして云く、「彼の聖人の夢は、極たる虚夢也。年来、雅通の中将と師檀の契有る故に、彼れを讃めむが為に由無し事を云ひ出たる也。彼の雅通の中将、生たりし時、殺生を宗として、栄花を好し人也。何の善根に依てか、極楽に往生せむ。若し、此の事、実ならば、極楽に生れむと思はむ人は、殺生を宗とし、栄花を好むべき也」と謗り嘲りて過る間、「六波羅に講演有り」と云を、道雅の朝臣、聴聞せむが為に六波羅に行て聴聞する間、車の前に老たる尼二三人許有り。

其の中に、一人の尼、涙を流して泣々く語て云く、「我れ、身貧くして年老にたり。一塵の善根を造る事無し。徒に此の世を過して、三悪道に返なむずる事を夜る昼る歎き悲て、此の事を仏に申すに、昨日の夜、夢に見る様、貴き姿したる老たる僧出来て、我れに告て宣はく、『汝ぢ、更に歎く事無くして、心を専にして念仏を唱へば、必ず極楽に往生せむ事疑ひ有らじ。彼の左近の中将、雅通の朝臣は、善根を造らずと云へども、只心を直くして、法花経を読誦せし故に、極楽に往生する事を得てき4)』と宣ひき。然れば、尼、此の夢を見たれば、限り無く喜(うれし)く思ゆる也。彼の丹波中将の往生し給たる事も疑ひ無き事也けり。哀れに貴し」と語る。

道雅の朝臣、此れを聞て、「雅通の中将の往生は実也けり」と信じて、其の後よりは疑はずして、謗る事無かりけり。

此れを聞く人、皆、「極楽に往生する事は善根を造るには依らず。只、心を直くして、経を誦し、念仏を唱ふべき也けり」と知て、貴びけりとなむ語り伝へたるとや。

1)
源雅通
2)
源時通
3)
藤原伊周
4)
底本「得てとき」。誤植とみて訂正。
text/k_konjaku/k_konjaku15-43.txt · 最終更新: 2015/11/07 15:04 by Satoshi Nakagawa