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今昔物語集

巻15第30話 美濃国僧薬延往生語 第三十

今昔、比叡の山の無動寺に聖人有けり。幼にして山に登て、出家して、師に随て、顕密の法を学ぶに、皆其の道に達せり。亦、道心深くして、後世を恐るる心有り。

而るに、事の縁有るに依て、美濃国に下る間、日暮て、道の辺に有る人の家に借宿ぬ。其の家の主を見れば、形法師也と云へども僧に非ず。頭の髪は二寸許に生じて、俗の水干袴を着たり。亦、狩漁を役として、魚鳥を食とせり。

聖人、此れを見て、此の家に宿ける事を悔ゆと云へども、夜中に出づべき事に非ず。「其の夜を暁さむ」と思て有るに、夜半過る程に、此の家主の法師、起て沐浴して、浄き衣を着て、後の方の戸より出ぬ。「何(いづく)へ行くぞ」と思て、尻に立て伺ひ見れば、小さき屋有り。持仏堂也けり。其れに入ぬ。火を打て、御明を灯(とも)し、香に火を付けて、念珠を攤(もみ)て、仏を礼拝して、先づ懺法を行ふ。次に法花経を誦す。一部を誦し畢るに夜曙ぬ。其の後、弥陀の念仏を唱ふ。聖人、此れを聞くに、「奇異也」と思て、本の所に返ぬ。

巳時に至て、持仏堂を出ぬ。聖人の所に至て云く、「弟子薬延、罪業に依て、殺生を宗として慙の心無しと云へども、偏に心を至して法花経を誦し、弥陀の念仏を唱て、極楽に往生せむ事を願ふ。此れに依て、某年某月某日、必ず極楽に往生せむとす。聖人、機縁深く在まして、今、此の家に来り宿り給ふ。必ず、其の期に結縁し給へ」と。聖人、薬延が言を聞くと云へども、信じ難し。「法花経を誦し、念仏を唱ふる、此れ限無き功徳也と云へども、魚を捕り鳥を殺す、此れ極て重き罪障也。何ぞ此如くの罪を造乍ら、忽に極楽に往生する事有らむや。此れ、只云ふ事ぞ」と思て、無動寺に返ぬ。

其の後、年来を経て、聖人、彼の美濃の国にして薬延が契し事共、皆忘れにけり。

而る間、聖人の夢に、東の方より紫雲聳て、聖人の房に近付き、音楽の音、空に有り。雲の中に音有て、聖人に告て云く、「沙弥薬延、今日、極楽の迎へを得て往生する也。先年に契り申し事なれば、結縁忘れずして、今来て告げ申す也」と。驚き覚て後、聖人、涙を流して、泣々く礼拝して、悲び貴びけり。聖人に語るを聞く人、皆悲び貴ばずと云ふ事無かりけり。

此の事、承平の比の事也けり。其の後、伝へ聞くに、彼の薬延が死ぬる時、違事無しとなむ語り伝へたるとや。

text/k_konjaku/k_konjaku15-30.txt · 最終更新: 2015/10/31 13:41 by Satoshi Nakagawa
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