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今昔物語集

巻15第3話 東大寺戒壇和上明祐往生語 第三

今昔、東大寺に戒壇の和上として明祐と云ふ人有けり。此の人、一生の間、持斎にして戒律を持(たもち)て、破る事無し。夜毎に堂に詣て、房に宿する事無かりけり。然れば、寺の僧、皆此れを貴び敬ふ事限無し。

而る間、天徳五年と云ふ年の二月の比、明祐和上、一両日の程、聊に悩む気有て、飲食例に似ず。「我れ、持斎の時既に過ぬ。亦、我れ、命終らむ期近し。何ぞ忽に此れを破るべき。此の二月は寺に恒例の仏事有り。我れ、『此れを過さむ』と思て、憖に生たる也」と。

弟子等、此れを聞て、貴び思ふ程に、其の月の十七日の夕に、弟子等、阿弥陀経を誦して、廻向畢て後、師、弟子等に云く、「汝等、前の如く阿弥陀経を誦すべし。我れ、只今音楽の音を聞く」と。弟子等の云く、「只今、更に音楽有る事無し。此れは何に宣ふ事ぞ」と。師の云く、「我れ心神変らず。正しく音楽の音有り」と。弟子等、是れを怪しび思ふ間に、明る日、明祐和上、心違はずして、念仏を唱へて失にけり。

「兼て音楽の音を聞く。極楽に往生せる事、疑ひ無し」となむ、人、貴びけるとなむ語り伝へたるとや。

text/k_konjaku/k_konjaku15-3.txt · 最終更新: 2015/09/27 17:21 by Satoshi Nakagawa
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