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今昔物語集

巻15第29話 加賀国僧尋寂往生語 第廿九

今昔、比叡の山の□□に摂円と云ふ僧有けり。要事有て、北陸道の方に行けるに、加賀国□□の郡に行き至て、日暮にければ、人の家借りて宿ぬ。其の家の主の女、殊に善心有ければ、此の宿れる摂円を懃に帰依して、食物を備へて労けり。

而る間、夜に入て、家の主、外より来れり。摂円、此れを見れば僧也。摂円が宿れるを見て、喜ぶ事限無し。摂円、家主の僧の言を聞くに、此く妻子を具して世を経と云へども、事に触れて物云ふ様、殊に道心有りと思ゆ。

夜中過る程に聞けば、家主の僧、起ぬ。湯を浴て、別に置たる浄き衣を取て着る。持仏堂に入ぬ。念珠押し攤(もみ)て、仏を礼拝して、法花経を誦す。一部を誦し畢て、罪障を懺悔して、次に弥陀の念仏を唱へて、廻向して、持仏堂より出ぬ。

而る間、夜曙ぬれば、摂円が居たる所に来て、語て云く、「弟子尋寂、年来法花経を読誦し、弥陀の念仏を唱へて、仏道を願ふと云へども、世の棄難きに依て、此く妻子を具たり。然れども、残の命、幾に非ざるが故に、偏に菩提を期す。而るに、我れ、今明命終なれど、幸に、君、此に来り給へり。此に暫く坐して、我が入滅に値給へ」と。摂円、此れを聞て、僧の言を信じ難しと云へども、随て留ぬ。其の日より始めて、摂円、家主の尋寂共に三七日の間、六時に懺法を行ふ。

亦、尋寂、摂円に語て云く、「我れ、今夜極楽に往生すべし」と云て、沐浴して、衣を着て、持仏堂に入ぬ。手に香炉を取て、法花経を誦し、念仏を唱へて、西に向て端坐して入滅しぬ。摂円、此れを見て、涙を流して、泣々礼拝して悲び貴ぶ。

其の里に人の夢に、彼の尋寂が家の上に当て紫雲聳(そび)く。空に微妙の音楽の音有て、尋寂、蓮花の台に居て、空に昇て去ぬと見てなむ、泣々告ける。其の後、摂円、本山に返て、普く人に語ければ、此れを聞く人、皆貴ばずと云ふ事無かりけり。

此れを思ふに、実に尋寂、身に病無くして、兼て其の期を知て、摂円に告て、共に善根を修して入滅す。況や、亦、夢の告、疑ふべきに非ず。此れを聞かむ人、皆心を発して、往生極楽を願ふべしとなむ、語り伝へたるとや。

text/k_konjaku/k_konjaku15-29.txt · 最終更新: 2015/10/31 13:02 by Satoshi Nakagawa
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