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今昔物語集

巻15第28話 鎮西餌取法師往生語 第廿八

今昔、仏の道を修行する僧有けり。六十余国に至らぬ所無く行て、貴き霊験の所々を礼ける間に、鎮西に行き至にけり。

国々を廻り行きける程に、□□にして、忽に山の中に迷て、人無き界に至ぬ。「人里に出む事を得む」と思ひ歎くと云へども、日来を経るに、更に出事を得ず。

而る間、山の中に一の草庵有る所を適に見付たり。喜て近く寄て、其の庵に、「宿せむ」と云に、庵の内より一人の女出来て云く、「此れは人の宿り給ふべき所にも非ず」と。僧の云く、「己れ、修行する間、山に迷ひ、身疲れ、力無し。而るに、幸ひ此に来れり。譬ひ何なる事有と云とも宿べし」と。女の云く、「然は、今夜許は宿り給へ」と。僧、喜て庵に入りぬ。女、浄き筵薦を取出て、敷て僧を居へ、亦浄き食物を調て、僧に食すれば、皆食つ。

而る間、夜に入ぬれば、人物を荷て来れり。庵の内に入て、荷たる物を置く。見れば、法師也。頭髪は三四寸許に生じて、綴を着たり。怖ろしく穢くて、更に近付くべくも非ず。僧を見て、女に問て云く、「此れは誰人の御するぞ」と。女の云く、「修行者の道に迷ひ給へるが、今夜許とて御する也」と。法師の云く、「此の五六年の間、更に此の様なる人、見え給はず。糸思ひ懸けぬ事也」と云て、此の持来たる物共を食ふを見れば、牛馬の肉也けり。

僧、此れを見るに、「奇異(あさまし)き所にも来にけるかな。我は餌取の家に来にけり」と思て、夜には成ぬ。行くべき所無ければ、只居たるに、臭き香、庵に満たり。穢く侘き事限無し。

而る間、寝ねずして1)聞けば、丑の時許に、此の法師、起て湯を浴み、別に置たる衣を着て、庵を出て、後の方に行ぬ。僧、「何事為ならむ」と思て、窃に行て立聞ば、早う、庵の後に一間なる持仏堂造置て、其れに入り、火を打て仏前に明し、香を置き、先づ法花の懺法を行ひつ。次に、法花経一部を誦して礼拝して、後には弥陀の念仏を唱ふ。其の音、貴き事並無し。

曙ぬれば、持仏堂より出づるに、此の僧に値ぬ。語て云く、「弟子浄尊は愚痴にして、悟る所無し。人の身を受け、法師と成れりと云ども、戒を破り、慚無して、返て悪道に堕なむとす。今生に栄花を楽しむべき身にも非ず。只、仏の道を願て、戒律を持(たもち)て、三業を調へむ事は、仏の教へには叶はず。分段の身は衣食に依て罪を造る。檀越を憑まむと思へば、其の恩報じ難し。然れば、諸の事、皆罪障ならずと云ふ事無し。此れに依て、浄尊、世間に人の望み離たる食を求て、命を継て仏道を願ふ。所謂牛馬の肉村也。而るに、宿世の縁有て、此に来り給へり。喜び乍ら告げ申す也。浄尊、今何年を経て、某年某月某日、此の界を棄て、極楽往生せむとす。若し、『結縁せむ』と思はば、其の時に来給へ」と。僧、此の事を聞て、「賤の乞丐の様なる者と思つるに、実に貴き聖人也」と思て、返々す契を成して、其の所を出て、里に行ぬ。

其の後に、年来を経て、契し時に成ぬれば、其の虚実を知らむが為に、彼の所に行ぬ。浄尊、僧の来れるを見て、喜ぶ事限無し。語て云く、「浄尊、今夜、此の身を棄て、極楽に往生しなむとす。既に肉食を断て三四月に成ぬ」と云て、頭を剃り沐浴して、浄き衣着たり。亦、有し女は尼に成にけり。

而る間、既に夜に入ぬ。此の僧、前の如く庵に有て見れば、浄尊も尼も共に持仏堂に入ぬ。聞けば、終夜共に念仏を唱ふ。既に夜曙くる時に成て、庵の内に光耀く。僧、此れを見て、「奇異しき也」と思ふ程に、空に微妙の音楽の音有て、漸く西に去ぬ。其の間、庵の内に艶(えもいは)ず馥しき香満たり。

而る間、夜曙け畢ぬれば、僧、持仏堂の内に入て見れば、浄尊も尼も共に掌を合せて、西に向て、端坐して死たり。僧、此れを見て、涙を流して、泣々く礼拝して、其の所を去らずして、庵に留り住して、仏法を修行しけり。若し、此の事を伝へ聞く国の人は、皆此の所に来て、結縁してぞ返し。其の後、其の所の様を知らず。

「此れ希有の事也」とて、其の所に行きたる国の人、語り伝ふるを、聞き継て語り伝へたるとや。

1)
底本「寝不てしず」。誤植と見て訂正。
text/k_konjaku/k_konjaku15-28.txt · 最終更新: 2015/10/30 23:07 by Satoshi Nakagawa
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