Recent changes RSS feed

今昔物語集

巻15第24話 鎮西行千日講聖人往生語 第廿四

今昔、鎮西筑前の国に観世音寺と云ふ寺有り。其の傍に極楽寺と云ふ寺有り。其の寺に人を勧めて、千日の講を行ふ聖人有けり。

既に講を始めて行ふ間、其の聖人有て、人に普く云ひける様、「我れは此の講の畢らむ日、必ず死なむと為る也」と。此れを聞く人、皆此の言を信ぜずして、咲ひ嘲りけり。

而る間、漸く月日過て、此の講の畢らむ事、今五六日に成ぬる程に、聖人の、「講の畢らむ日、死なむずるぞ」と云ひけるを聞きぬる者共は、「聖人は今六日ぞ世に在さむずる」など、嗚呼に云て過ぐるに、講の畢今三日に成にけり。

人々有て、「聖人の世に此く坐せむ事、今明日許かと、吉く見奉らむ。恋しく御なむ」など云て咲ふ程に、聖人、俄に身に病有り。此れを見聞く人、暫は、「虚態を為るぞ」など云ひ合たる程に、態と心地悪気なる気色なれば、其の時にぞ、人々、「何ぞ。此の聖人の、講の畢の日、実に死たらむに、然ては極て貴かるべき事かな」と云ひ合たり。

而る間、「聖人の病は虚病ぞ」と咲ひ嘲けりし者共も、常の事なれば、様悪きまで聖人を礼み見騒ぎけり。

而るに、既に講の終る日に成て、道俗男女員知らず参り集たり。聖人の云く、「此の堂にては我れ終り取るべき様無かめり」とて、「川原なる所に人に負はれて渡る」とて、其の講師に告て云く、「我れ、講の終らむに値ふべしと云へども、人極て多く集りて、物騒ぎに依て、心乱れぬべし。然れば、静なる所に行ぬ。此の講、吉々く御心に入れて勤め給ふべし。我れは講の畢らむ時にぞ、命終るべき」と云ひ置て去ぬ。

其の後に講を始めて、「聖人の今日を極めに兼てより知れる、貴き事也」など、講師哀れに説く程に、聖人、弟子を遣せて、「講は畢ぬるか」と問はしむるに、「只今畢ならとす」と云て返しつ。

亦、弟子来て云く、「速に六種廻向し給へ」と。然れば、講師、云ふに随て廻向しつ。其の時に、聖人、香炉に火を焼て、捧て、弟子共と共に弥陀の念仏を唱へて、西に向て失にけり。其の時に、多の人、此れを見て、泣々く貴び悲ぶ事限無し。

而るに、亦、法師出来て、其の日より始て、千日の講を行ひけり。其の僧、亦云く、「我れも前の聖人の如く、此の講の畢らむ日死む」と云て行ひける程に、其の僧、亦講の終る日、前の聖人の如く失にけり。其の後の聖人は、本能登国よりなむ来たりける。「此れ希有の事也」と1)云ひ合て貴びけり。

而るに、亦、尼出来て、其の日より亦千日の講を始め行ひて、「我れも前々の聖人の如く、講の畢らむ日命終らむ」と云てぞ行ひける。其れは、前に二人の僧の如くに、講の畢る日、命終たりとは未だ聞こえず。

此れを思ふに、其の尼、前の二人の僧の如く、講の畢らむ日、命終りなば、誰も其の所に行て、其の講を継て行ふべき也とぞ思ゆる。

此れ奇異の事なるに依て、普く語り伝ふるを、聞き継て語り伝へたるとや。

1)
底本「と」は空白。脱字と見て補う。
text/k_konjaku/k_konjaku15-24.txt · 最終更新: 2015/10/25 21:33 by Satoshi Nakagawa
CC Attribution-Share Alike 4.0 International
Recent changes RSS feed Driven by DokuWiki

yatanavi.org ©2004-2017 Satoshi Nakagawa