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今昔物語集

巻15第20話 信濃国如法寺僧薬蓮往生語 第二十

今昔、信濃国高井の郡中津村に、如法寺と云ふ寺有り。其の寺に、薬蓮と云ふ沙弥の僧住けり。薬蓮、妻子を具して世を過すと云へども、一生の間、日夜阿弥陀経を読み、弥陀の念仏を唱へて怠る事無し。薬蓮が子、二人有り。一人は男、一人は女也。

而る間、薬蓮、此の二人の子を呼て、告げて云く、「我れ、明日の暁に極楽に往生せむとす。速に衣裳を洗ひ浄め、身体に沐浴せむと思ふ」と。二人の子、此れを聞て、忽に浄き衣を儲け調ふ。

而る間、夜に臨て、薬蓮、旧き衣を脱棄て、沐浴し、清浄にして、浄き衣を着て、独り堂に入て、子共に教へて云く、「明日の午の尅に至て、堂の戸を開くべし。其の前には、努々め堂の戸を開く事無かれ」と。子共、此れを聞て、泣々く終夜堂の辺を離れず、寝ずして聞くに、暁に成て、堂の内に微妙の音楽の音有り。此れを聞て、「奇異也。此れは夢かな」と思ふ間に、夜曙ぬ。

既に午の尅に至ぬれば、堂の戸を開て此れを見るに、薬蓮が身無し。亦、持(たも)つ所の阿弥陀経、見え給はず。然れば、子共、「奇異也」と思て、心を迷はして求め尋ぬるに、遂に其の体見えず止にけり。

此れを聞て、其の辺の人、集り来て、子共に問ふ。暁の音楽の事を語る。然れば、「薬蓮、現の身に往生せる也」と云て、皆人涙を流して貴び悲びけり。

此れを思ふに、往生する事は常の事也と云へども、身体を留めて其の相を現はす。而るに、此れは、其の身無ければ、「若し、逃て貴き山寺などに行たるか」と思べきに、子共、其の辺を去らず。亦、堂の戸を開かずして、内より閉たり。況や、遂に聞ゆる事無し。然れば、只此の身乍ら往生せる事は有らじ。

暁の音楽の音を思ふに、往生は疑ひ無し。但し、体をば地神などの取て、浄き所に置てけるなめりとぞ、疑ひけるとなむ、語り伝へたるとや。

text/k_konjaku/k_konjaku15-20.txt · 最終更新: 2015/10/16 18:13 by Satoshi Nakagawa
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