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今昔物語集

巻15第2話 元興寺隆海律師往生語 第二

今昔、元興寺に隆海律師1)と云ふ人有けり。俗姓は清海の氏、本摂津国の河上の人也。幼より魚釣を以て業とす。

年十七八歳まで童にて有けるに、其の国の講師にて、薬仁と云ふ者あつて、年来の宿願有るに依て、仏経を儲て供養せむと為るに、事の縁有る故、元興寺の願暁律師と云ふ人を請じ下したり。

既に供養する日に成て、彼の隆海律師の魚釣の童と有ける時、其の所に行て、物など見遊びけるに、講師の説経を聞て、忽に法師と成て、「仏2)の道を学ばむ」と思ふ心付て、家に返て父母に云く、「我れ、大寺の辺に行て、法師と成て法の道を学ばむ」と。父母、此れを許すと云へども、忽の事と知らざるに、此の童の思はく、「我れ、此の講師の返り給はむに、走り付て大寺に行て、弟子と成らむ」と思ひ得て、次の日、願暁律師の返るに走り付ぬ。

律師、童を見て、「彼の童は誰そ」と問ふに、童、答て云く、「己は彼の薬仁講師の辺に侍つる童也。其れに、『大寺の辺に行て法師に成らむ』と思ふ志有るに依て、御共に参つる也」と。律師、此れを聞て感じて、相具して、元興寺に返ぬ。

其の後、童、思の如く出家して、律師に随て日夜に仕へて、法文を学ぶに、心賢くして悟り明らか也。然れば、遂に止事無き学生と成ぬ。亦、□□□□に随て、真言の密教をも学ぶ。

而る間、貞観十六年と云ふ年、維摩会の講師を勤む。元慶八年と云ふ年、律師の位に成る。

而るに、此の人、本より道心深くして、常に念仏を唱へて、極楽に生れむと願ひけり。然れば、遂に、命終らむと為る時に臨て、沐浴清浄にして、弟子に告て、念仏を唱へ諸経の要文を誦して、其の音断たずして、面西に向て端坐して失にけり。弟子有て、北に首をして臥せつ。明る朝に此れを見るに、律師、右の手に阿弥陀の定印を結て有り。葬する時も、其の印乱れざりけり。

此れを見聞く人、悲貴ばずと云ふ事無かりけり。彼の往生、仁和二年と云ふ年の、十二月の廿二日の事也。年七十二。此れを元興寺の隆海律師と云けりとなむ語り伝へたるとや。

1)
底本頭注「隆海ハ澄海ノ誤カ」
2)
底本頭注「仏諸本法ニ作ル」
text/k_konjaku/k_konjaku15-2.txt · 最終更新: 2015/09/27 15:55 by Satoshi Nakagawa
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