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今昔物語集

巻14第45話 依調伏法験利仁将軍死語 第四十五

今昔、文徳天皇の御代に、新羅国に仰せ遣す事を用ゐざりければ、大臣・公卿、僉議せられて云く、「彼の国は□□天皇の御代に、此の朝に随ふべき由を申せりき。而るに、此く仰せ遣す事を用ゐねば、末代には悪かりなむ。然れば、速に軍を調へて、彼の国を罸たるべき也」と定められて、其の時、鎮守府の将軍藤原の利仁と云ける人を彼の国に遣けり。

利仁、心猛くして、其の道に達せる者にて、此の仰せを承て後、心を励して出立つ間、多の猛き軍共を、員ず知らず、多の船に調へ乗せらる。

而る間、彼の新羅に、此の事を知らず。其れに、此の事に依て、様々の物怪(もののけ)有ければ、占卜するに、異国の、軍を発て来たるべき由を占ひ申ければ、其の国の国王より始め、大臣・公卿、驚き騒て云く、「異国より猛き軍発て、我が国に来らむに、手向へして支ふべき様無し。然れば、只如し、三宝の霊験を深く憑むべきなり」と定めて、大宋国1)に在ます灋全2)阿闍梨と云ふ人有り。恵果和尚の御弟子として、真言の密法を受け伝へて、止事無き聖人也。忽に其の人を請じて、調伏の法を行はしむ。

其の時に、三井寺の智証大師3)は、若くして宋に渡て、此の阿闍梨を師として、真言を習て御けるが、其れも共に新羅に渡て御しけれども、我が国の事に依てとも、何でかは知給はむと為る。

而る間、調伏の法、既に七日に満ぬる日、壇の上に血多く泛(こぼれ)たり。阿闍梨、「必ず法の験し有るべき也」と云て、結願して、本の宋に返にけり。

而るに、利仁の将軍、出立つ間、山崎にして、病付て臥たりける間に、俄に起走て、□□に空に向て太刀を抜て、踊上り踊上り、度々切ける程に、倒れて死にけり。然れば、他人を亦遣す事も無くて止にけり。

其の後、智証大師、宋より此の朝に返り給て、新羅に渡たりし事を語り給けるを聞てなむ、此の国の人、「然は、利仁の将軍の死にし事は、其の調伏の法の験しに依て也けり」とは知ける。

此れを思ふに、利仁将軍も糸只人には非ずとなむ思ゆる。然か空に向て切けむは、定めて目に見えけるにこそは有けめ。然れども、法の験し掲焉(いちじる)きが故に、忽まちに死ぬる也けりとなむ、語り伝へたるとや。

1)
底本頭注「宋ハ唐ノ誤カ下同ジ」
2)
法全
3)
円珍
text/k_konjaku/k_konjaku14-45.txt · 最終更新: 2015/09/26 01:41 by Satoshi Nakagawa
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