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今昔物語集

巻14第43話 依千手陀羅尼験力遁蛇難語 第四十三

今昔、吉野の山に日蔵と云ふ行人有けり。その日蔵が師也ける行人は、吉野の山と云へども、遥に深き山の奥に入て、仏法を修行して、長く山より外に出る事無かりけり。

年来の間、此の山に住て、日夜に千手陀羅尼を誦し持(たもち)て、更に他念無く行ひける程に、吉野の山の南に当て、深き谷有けり。聖人、其の谷に至るに、篠原を分けて下けるに、前々見るには浅くして水も無き谷と思ふに、谷に水有て、□□に見ゆれば、「例ならず怪し」と思て、近く寄て、「何なる水の此くは出来たるならむ」など思て、歩び行く間、峰より谷の方ざまに風の吹き下すに、人気の聞(きこえ)けるにや有けむ、多の大なる蛇共の背を並べて臥せるが、早う遠くて水と見ゆる也けり。

蛇共、聖人の香を聞(か)ぎて、頭を四五尺許皆持上げ合たるを見れば、上は紺青、緑青を塗たるが如し。頸の下には紅の打掻練を押たるが如し。目は鋺(かなまり)の様に鑭(きら)めき、下は焔(ほむら)の様に霹(はた)めき合たり。其の時に、聖人、「我が身、今は此くこそ有けれ」と思て、逃むと為るに、上ざまなれば、手を立たる如くに峻(さかし)くして、篠を捕へつ登れば、忽にも登得ず。而る間、腥き息の煖かなるを散(さ)と吹き係けたるに、忽に呑まれずと云ふとも、此の息の香に酔て死ぬべし。

而る間、□られて篠を捕へて、低(うつぶ)したるに、上の方より動じて下る者有り。蛇の香に酔て目も見開かれねば、下る者を何者とも見えぬに、此の者、近く寄来て、我が方肱を取て、荒ららかに肩に引係く。聖人、我が今片手を以て、我れ恐れ乍ら「何ぞ」と思て捜れば、大なる木の秦(はだ)の様にして煖か也。聖人の思はく、「此れは鬼也けり。我れを噉(く)はむが為に引き持行く也けり」と思ふに、「何様(いかやう)にても、今日死ぬべき也けり」と知て、弥よ物も思えず□。

此て、此の鬼、下坂を走るが如くに、上様に飛ぶが如く走り登て、遥なる峰に走り畢て、聖人を打ち下ろす。其の時に、聖人、「今、我れ噉れぬ」と思ふに、噉はれねば、心も得で、恐々(おづお)づ云く、「此れは誰が在ますぞ」と問へば、鬼の云く、「我れは此れ鳩槃荼鬼也」とぞ名乗ける。

其の時に、聖人、「貴し」と思て、目を開て見れば、長け一丈余許なる鬼也。色は黒くして、漆を塗たるが如し。頭の髪は赤くして、上様に登れり。裸にして、赤き裕衣(たふさぎ)を掻たり。後ろ向きたれば、面は見えず。掻消つ様に失ぬ。

其の時に、聖人、「我が真言を持つに依て、千手観音の助け給ひける也けり」と思ふに、極て貴く、泣々く礼して、其の所を去て、其れより丑寅の方を指て行ひ行く程に、岩の中より、滝落たる所有り。滝の落たる様の極て面白ければ、立留て暫く見立てり。五丈許の滝也。岩に木生たる者共、云はむ方無く面白ければ、暫く立て見るに、此の滝の落入る岩壺より、三抱許の木、岩の上様に一二丈許生ひ登る。然れば、滝の長も短く成る。此く見る程に、亦引入ぬ。

暫許(とばかり)見立てる程に、指出で引入為る事、度々に成ぬ。「何なる岩の此くは為るにか有らむ」と心得で、吉く守れば、早う大なる蛇の岩壺に満て、頭を水に打たれて、指出で引入為る也けり。「多の年を経てこそは有るらめ」と見るに、心疎く怖しく成て、思ふに、「何なる苦を受らむと悲ければ、彼の蛇の為に多の経を読誦し、千手陀羅尼を誦して、其の所を去にけり。

此の事共は、弟子日蔵が語けるとて、山階寺の林懐僧都の聞て語けるを、永昭僧都の聞伝て、此く語り伝ふる也。実に千手陀羅尼の霊験貴し。正しく善神来て、持者を擁護す。此れ経の文に遠からねば、極て貴しとぞ、聞く人、語り伝へたるとや。

text/k_konjaku/k_konjaku14-43.txt · 最終更新: 2015/09/24 12:40 by Satoshi Nakagawa
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