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今昔物語集

巻14第31話 利苅女誦心経従冥途返語 第卅一

今昔、聖武天皇の御代に、河内の国□□の郡□□の郷に、一の女有り。姓は利苅の村主。其の故に、名を利苅女と云ふ。幼の時より身清く心に悟り有りて、因果を信じて、三宝を敬ふ。常に心経1)を誦するを以て宗として行とす。経を誦する音、甚だ貴し。此れに依て、諸の道俗の為に愛楽せらるる事限無し。

而る間、此の女、夜る寝たる間に、身に病無くして死ぬ。即ち、一人の王の所に至れり。王、此の女を見て、床を起て、蓐に此の女を居らしめて云く、「我れ伝へて聞く。汝ぢ吉く般若経を誦せり。然れば、我れ其の音を聞むと思ふ。此れに依て、暫の間汝を請ずる也。願くは、速に誦して、我れに聞かしめよ」と。女、王の言に随て心経を誦す。王、此れを聞て、喜て座より起て、跪て宣はく、「此れ極て貴し」と。

其の後、三日を経て返送る。然れば、女、王宮の門を出づるに、三の人有り。皆黄なる衣を着せり。女を見て喜て云く、「我れ、汝を久く見ず。恋ふる所也。適ま今値り。喜び思ふ事限無し。速に返るべし。我れ、今日より三日を経て、奈良京の東の市の中にして必ず値はむとす」と云て、別て去ぬ。女は此の言を聞くと云へども、誰人と云ふ事を知らず。女、返ると思ふ程に活(いきか)へれり。

其の後、三日に至るに、女の故ら東の市に行て、終日に待つと云へども、冥途にて契りし三の人見えず。而る間、賤き人、東の市の門より市中に入て、経を捧て売て云く、「誰か此の経を買ふ」と云て、女の前を過ぎ行く。既に市の西の門より出でて行くを、女、「経を買む」と思て、使を遣て呼び返して、経を開て見れば、女の昔し写し奉りし所の梵網経二巻・心経一巻也。書写して後、未だ供養せずして、其の経失給ひにき。年月を経て求め尋ぬるに、求め得る事無し。今此れを見るに、心に喜て、経を盗める人を知ぬと云へども、其の事を忍て、経の直を問ふに、一巻の値に銭五百文と云ふ。女、乞ふに随て直を与へて、経を買取つ。女、爰に知ぬ。「冥途にして契し三人の人は、即ち此の経の在ける也けり」と思て、喜て返ぬ。

其の後、会を設て、経を講読して、懃ろに受持する事、日夜に怠らず、世の人、此れを聞て、此の女を貴び敬て、軽むる事無かりけりとなむ、語り伝へたるとや。

1)
般若心経
text/k_konjaku/k_konjaku14-31.txt · 最終更新: 2015/09/17 21:15 by Satoshi Nakagawa
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