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今昔物語集

巻13第38話 盗人誦法花四要品免難語 第卅八

今昔、左衛門の大夫平の正家と云ふ者有けり。信濃の国に知る所有て、常に其の国に行き通ふ。而るに、正家、其の国に下て有ける時に、雑色に仕ひける男有けり。

而る間、人有て、馬を盗てけり。其の時に、正家が郎等也ける男有て、「此の雑色男、其の馬盗人と心を合せたり」と云て1)出でて、本より雑色を悪2)みける故に、正家に此の事を吉からぬ様に聞せつ。

正家、此れを聞て、即ち其の雑色男を搦て、此の郎等に、「慥に逃すな」と云て預けつ。郎等、本より悪3)む心にて、拈(いまし)むなど云へば愚也や。四の枝を張り付たり。二の足には吉く械を打て、二の手をば上に大なる木を渡して、其れを□がせて4)、縛り付けつ。髪をば木に巻き付て、其の上に多く昇せ居へて守らしむ。

雑色男、咎無くして此の難に値ふ事を歎き悲むと云へども、為べき方無くて有るに、此の男、本より法花経の四要品を持(たも)ち奉りければ、夜る其の四要品を誦しけるを、聞く人も、「哀れ也ける男かな」と云ふ程に、此の守る者共、慥に寝入るとも無きに、幻の如く此の縛られたる男、守る者共を、「耶々」と驚かす。守る者、起て見れば、二の足の械も皆抜け、上に張り付けたる木も傍に押し落されて、男、直(うるはし)く居たり。守る者、此れを見て、「此れは何に。賢く逃げざりける」と云て、亦同様に拈めて張り懸けつ。夜曙ぬれども、此の事を人に語らず。

其の後、日来を経るに、夜毎に此如く、械も抜け縛る緒も解て、自然ら免さる。守る者共、此の事を、「奇異也」と思ふ程に、正家が子に大学の允資盛と云ふが、其の時に若くして其の家に有けるが、夜る聞くに、法花経を誦する音の聞ゆれば、「此れは誰が読むぞ」と尋ぬるに、此の張り懸けられたる男の誦する也けり。「哀れ也ける男かな」と思ふ。

夜曙て後、此の男、預たる郎等来て、正家に告て云く、「此の盗人男、日来吉く拈めて置たる。守る者共も寝入る事無く、亦人も寄らぬに、械も抜け縛り緒も解けて、夜毎に自然ら免がるる事なむ有る。然れども、逃げむ心も無し。逃げ候はましかば、早う逃て罷り去りなまし」と。

正家、此れを聞て、「希有也」と思て、「速に其の男を召し出でて問ふべし」と云て、召して問ふに、男の云く、「己れ、更に構る事無し。只幼より持ち奉る所の法花経の四要品をなむ、『若し死に候なば、後世を助け給へ』と思て、日来誦し奉る験にや、幻の如くに白き楚(ずはえ)を持給へる児の御して、楚を振り給ふと見る程に、械も抜け縛り緒も解けて、皆免さるる也。其の後、児、『速に出でよ』と宣へども、我れ錯(あやま)らぬ事に依て逃ぐべからず。此(かく)許り助け給にては、『今自然ら免されなむ』と思て、守る人を驚しつつ告げ候也」と。正家、此れを聞くに、貴く哀れに思て、即ち免してけり。

此れを聞く人、皆涙を流して、法花経の霊験の新なる事を信じけり。世の末に及ぶと云へども、吉く持ち奉れる者の為めには霊験を施し給ふ事、既に此如き也。正家が京に上て語るを聞て、語り伝へたるとや。

1)
底本頭注「云テハ云ヒノ誤カ」
2) , 3)
「にく」底本異体字。りっしんべんに惡
4)
底本頭注「其レヲノ下一本ヒロノ二字アリ」
text/k_konjaku/k_konjaku13-38.txt · 最終更新: 2015/08/16 16:15 by Satoshi Nakagawa
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