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今昔物語集

巻13第33話 竜聞法花読誦依持者語降雨死語 第卅三

今昔、□□天皇の御代に、奈良大安寺の南に龍菀寺1)と云ふ寺有り。其の寺に一人の僧住けり。年来法花経を読誦す。亦、経の文義を習ひ悟て、日毎に一品を講じて、其の経文を読誦す。此れを日毎の勤とす。

而る間、一の竜有り。此の講経読誦の貴き事を感じて、人の形と成て、此の講経の庭に来て、日毎聴聞す。其の時に、僧、竜に問て云く、「汝、常に来て法を聞く。此れ何人ぞ」と。竜、本意を答ふ。僧、竜の心を知て、親昵の契を成しつ。竜、亦法を貴ぶ故に、僧の心に随ふ。

而る間、此の事世に広く聞えにけり。其の時に、天下旱魃して、雨降らずして、五穀皆枯れ失なむとす。貴賤の人、皆此れを歎き悲む事限無し。此れに依て、人、天皇に奏して云く、「大安寺の南に寺有り。其の寺に住む僧、年来竜と心を通して親昵の契を結べり。然れば、彼の僧を召して、『竜に雨を降らすべき由を2)語るべし』と宣下せらるべき也」と。天皇、此の事を聞き給て、宣旨を下して、件の僧を召す。僧、宣旨に随て参ぬ。天皇、僧に仰せて宣はく、「汝ぢ、年来法花経を講ずるに依て、竜、常に其の所に来て法を聞くと。而るに、其の竜、汝と語ひ深き由、世に聞え有り。而るに、近来、天下旱魃して五穀皆枯失なむとす。国の歎き何事か此れに過む。汝ぢ、速に法花経を講ぜむに、其の竜、必ず来て法を聞かむに、竜を語ひて雨を降らすべし。若し、此れを叶へずば、汝を追却して、日本国の内に住ましむべからず」と。

僧、勅命を承りて大きに歎て、寺に返て竜を請じて、此の事を語る。竜、此の事を聞て云く、「我れ、年来法花経を聞て、悪業の苦びを抜て、既に善根の楽びを受たり。願くは、此の身を棄てて、聖人の恩を報ぜむと思ふ。但し、此の雨の事、我が知る所に非ず。大梵天王を始めとして、国の災を止めむが為に、雨を降らさざる也。其れに、我れ行て雨戸を開てば、忽に我が頸を切られなむとす。然りと云へども、我れ、命を法花経に供養し奉て後の世に、三悪道の報を受けじと思ふ。然れば、三日の雨を降らすべし。其の後、我れ、必ず殺されなむとす。願くは、聖人、我が屍骸を尋て埋て、其の上に寺を起てよ。其の所は、平群の郡の西の山の上に一の池有り。其(そこ)を見るべし。亦、我が行く所、四所有り。皆其の所々に寺を起てて、仏寺と成すべし」と。僧、此の事を聞て、歎き悲むと云へども、勅命を恐るるに依て、竜の遺言を皆受て、泣々く竜と別れぬ。

其の後、僧、此の由を天皇に奏す。天皇、此れを聞き給て喜て、雨の降らむ事を待たるる程に、竜の契し日に成て、俄に空陰り雷電霹靂して、大なる雨降る事三日三夜也。然れば、世に水満て、五穀豊かに成ぬれば、天下皆直て、天皇感じ給ひ、大臣百官及び百姓、皆喜ぶ事限無し。

其の後、聖人、竜の遺言に依て、西の山の峰に行て見れば、実に一の池有り。其の水、紅の色也。池の中に竜を断々(づたづた)に切て置けり。其の血の池に満て、紅の色に見ゆる也けり。聖人、此れを見て、泣々く屍骸を埋て、其の上に寺を起てて、此れを龍海寺と云ふ。其の寺にして、竜の為に法花経を講ず。亦、竜の約の如く、今三所にも皆寺を起たり。此れ、皆天皇に奏して力を加へ給へり。所謂る、龍心寺・龍天寺・龍王寺等此れ也。

聖人、一生の間、其の寺に住して、法華経を読誦して、彼の竜の後世を訪ひけり。彼の寺々、于今有りとなむ語り伝へたるとや。

1)
「菀」は底本異体字。草冠にワ冠に死。底本頭注「龍菀一本龍花ニ作ル或ハ龍海ノ誤カ」
2)
底本「を由」。誤植とみて訂正。
text/k_konjaku/k_konjaku13-33.txt · 最終更新: 2015/08/15 13:01 by Satoshi Nakagawa
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