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text:k_konjaku:k_konjaku13-21

今昔物語集

巻13第21話 比叡山僧長円誦法花施霊験語 第廿一

今昔、比叡の山に長円と云ふ僧有けり。本筑紫の人也。幼にして本国を出でて、比叡の山に登て出家して、法花経を受け習て日夜に読誦す。亦、不動尊に仕て苦行を修す。

葛木の峰に入て、食を断て二七日の間法花経を誦す。夢に八人の童子有り。身に、三鈷・五鈷・鈴杵等を着て、各掌を合せて、長円を讃(ほめ)て云く、「奉仕修行者。猶如薄伽鑁。得上三摩地。与諸菩薩倶。」と誦して、法花経を誦するを聞くと見て、夢覚ぬ。然ば貴む事限無し。

亦、河の水、凍(こほ)り塞て、深く浅き所を知らずして、渡る事能はず。然れば、歎て独り岸の上に居たる間、忽に大なる牛、深き山の奥より出来て、此の河を渡る事、既に度々也。此如く渡り返る程に、凍り破て開ぬ。其の後、牛、掻消つ様に失ぬ。其の時に、川を渡て、「此れ護法の牛と化して示し給ふ也」と知ぬ。

亦、熊野より大峰に入りて金峰に出づるに、深き山に迷て、前後を知らず。而るに、心を至して法花経を誦して、此の事を祈請するに、夢に一人の童子来て、告て云く、「天諸童子。以為給仕。」と云て、其の道を教ふと見て、夢め覚ぬ。然れば、其の道を知て、金峰に出ぬ。

亦、蔵王の宝前にして、終夜法花経を誦するに、暁に至て、長円、夢に一の人来る。其の体を見れば、宿老の俗也。極て気高くして、此の国の人に似ず。「此れ、定めて神ならむ」と見ゆ。此の人、名符を捧て、長円に与へて云く、「我れは、此れ五臺山の文殊の眷属也。名をば、于闐王と云ふ。師の法花を誦する功徳甚深なるに依て、結縁の為に我名符を奉る。現世及び来世を護り助けよ」と云ふと見て、夢覚ぬ。然れば、長円、泣々く法花の威験を貴ぶ事限無し。

亦、清水に参て、終日法花を誦するに、夢に端正美麗なる女人の極て気高き、身を微妙に荘厳したる来て、長円に向て掌を合せて、誦して云く、「三昧宝螺声。遍至三千界。一乗妙法音。聴更無飽期。」と云ふと見て、夢覚ぬ。

此如くの奇特の事多しと云へども、一々に注(しる)し尽し難し。実に法花の力、明王の験新た也。

長久年中の比、遂に失にけりとなむ語り伝へたるとや。

text/k_konjaku/k_konjaku13-21.txt · 最終更新: 2015/08/07 16:04 by Satoshi Nakagawa