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今昔物語集

巻12第40話 金峰山薢岳良算持経者語 第四十

今昔、金峰山の薢の岳と云ふ所に、良算持経者1)と云ふ聖人有けり。本は東国の人也。出家してより後、永く穀を断ち塩を断て、山の菜、木の葉を以て食として、法花経を受け持(たもち)て、後日、夜に読誦して他の勤め無し。深き山に住して、里に出る事無し。

而る間、心の内に思はく、「此の身は此れ水の沫也。命は亦朝の露也。然れば、我れ此の世の事を思はずして、後世の勤めを営てむ」と思て、旧里を棄てて、金峰山に詣でて、薢の岳と云ふ所に草の庵を結て、其れに籠居て、日夜に法花経を読て、十余年を経たり。

其の間、初は鬼神来て、持経者を擾乱せむと為(す)と云へども、持経者、此れには怖れずして、一心に法花経を誦す。後には、鬼神、経を貴むで、菓(このみ)・蓏(くさのみ)を持来て、聖人を供養す。加之、熊・狐・毒蛇等も、皆来て供養す。亦、聖人、幻の如くに見れば、形端正にして身に微妙の衣服を着せる女人、時々来て、廻て礼拝して返去ぬ。覚て、持経者、「此れ、十羅刹の中の皐諦女也」と疑ふ。

凡そ、聖人、其の山の人来て、食物を与ふと云へども喜ばず。亦、人来て語ひ問ふ事有りと云ども答へず。只経を誦す。亦、眠れる時も、尚眠乍ら経を読音有り。

此如くして、終に命終る時に臨て、色鮮かにして咲を含みてぞ有ける。其の時に、人来て問て云く、「聖人、最後の尅に何ぞ喜ぶ気色有る」と。聖人、答て云く、「年来の貧道の身に、今栄花を開て、官爵に預る。何(いかで)か喜ばざらむや」と。人、此れを聞て、「此の聖人、狂気有けり」と疑て、問て云く、「栄花官爵の喜びとは何に」と。聖人、答て云く、「喜びと云ふは、所謂る煩悩不浄の体を棄てて、清浄微妙の身を得べき、此れ也」と云てぞ、入滅しける。其の山の人、皆此れを聞て、無き悲て貴びけりとなむ語り伝へたるとや。

1)
「良算」は底本異体字、「良筭」。標題以下すべて同じ。
text/k_konjaku/k_konjaku12-40.txt · 最終更新: 2015/07/23 16:21 by Satoshi Nakagawa
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