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text:k_konjaku:k_konjaku12-39

今昔物語集

巻12第39話 愛宕護山好延持経者語 第卅九

今昔、愛宕護の山に、好延持経者といふ聖人有けり。年来、彼の山に住して、師に随て、法花経を受け持(たもち)て、日毎に卅部を読誦して、此の山にして四十余年を過す。

而る間、金峰山に詣づ。返る間、奈良坂にして盗人に値ぬ。盗人、寄来て、忽に持経者の衣の頸を取て引き伏れば、持経者、遥に音を挙て「法花経我れを助け給へ」と三度叫ぶ。其の時に、盗人、何に思えけるにか、有けむ人の来て捕へむとせむ如くに、持経者を棄てて、皆逃て去ぬ。

其の後、偏に持経者、「此れ法花経の霊験の至せる所。金峰の蔵王の守り給ふ故也」と知て、愛宕護の山に返て、弥よ法花経を読誦して、房の外に出る事無し。

而る間、徳大寺と云ふ所に、□□1)阿闍梨と云ふ人有り。其の人の夢に、愛宕護の山に行く大なる池有り。池の東の方に、西に向て僧居たり。手に香炉を取て、法花経を読誦す。西の方より紫の雲聳て来る。其の上に大なる金蓮花有り。此の池の中に留ぬ。僧、口に法花経を読て、手に香炉を取て、土を踏むが如く池の水の上を踏て、蓮花に乗て、西を指て去ぬ。阿闍梨、此れを見て、「此れは誰と云ふ人の、極楽に参り給ふぞ」と問へば、僧、「愛宕護の峰に住む好延也」と云ふと見て、夢覚めぬ。

阿闍梨、驚て、此れを試むが為に、忽に下僧一人を愛宕護に遣る。教へて云く、「『愛宕護の峰に好延と云ふ聖人や有る』と問て、返来れ」と云て遣りつ。即ち返来て云く、「好延持経者と云ふ人有けり。日来悩て、此の暁に死にけり。房に弟子共、泣き悲むでなむ有つる」と語る。

阿闍梨、其の時になむ、始て好延持経者と云ふ人、愛宕護の山に有けりと知ける。夢の如くむば、疑ひ無く極楽に参りたる人となむ語り伝へたるとや。

1)
底本頭注「所ニノ下一本某字アリ」
text/k_konjaku/k_konjaku12-39.txt · 最終更新: 2015/07/20 18:39 by Satoshi Nakagawa