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今昔物語集

巻12第38話 天台円久於葛木山聞千人誦経語 第卅八

今昔、比叡の山の西塔に円久と云ふ僧有けり。聖久大僧都の弟子也。年九歳にして家を出て、山に登て出家の後、師に随て顕密の法文を習ひ、法花経を受け持(たもち)て、日夜に読誦す。其の音、貴き事、世に譬へむ方無し。此れを聞く者、皆泣かずと云ふ事無し。此れに依て、京洛に出でて経を読むに、其の思え高く成て、公私に仕へて、止事無く成ぬ。

其の後、道心を発して、偏に世の栄花を棄てて、愛宕護の山に入て、南星の谷と云ふ所に籠居て、無縁三昧を行て、十二時に宝の螺を吹て、六時の懺法を行て、法花経を読誦す。

而る間、「結縁の為に、葛木の山に入て修行せむ」と思て、十月許に入ぬ。峰を通て修行する間、心を至して法花経を誦す。

而るに、極て高く大なる椙の木有り。其の本に宿りぬ。本尊を懸奉て、其の前にして法花経を誦す。月極て明し。子時許に、此の木の末に飛び入る者、髣(ほのか)に見ゆ。木極て高くして、何者と云ふ事を知らず。「此れ、定めて持経者を嬈乱せむが為に、悪鬼の来れるか」と深く恐れを成すと云へども、偏へに経の威力を憑て、音を挙て読誦す。

「既に暁に成ぬらむ」と思ふ程に、此の木の末に居ると見つる者、細く幽なる音にて、極て貴く、「是人之功徳。無辺無有窮。如十方虚空。不可得辺際。」と誦して、立て飛び去ぬ。持経者、「何者ぞ」と、「見む」と思て、見上ぐと云へども、其の体を見得る事無し。只景の如くして飛び去ぬ。

其の後、持経者思ふに、「此れは、我が法花経を誦するを聞て、仙人の『貴し』と思て、木の末に留て、終夜聞て、『立て飛去る』とて、此如く誦して去る也けり」と心得て、礼拝し貴びけり。返て後、横川の源信僧都に此の事を語ければ、僧都、此れを聞て、泣々く貴び悲び給ひけり。

円久、遂に命終る時、彼の南星の峰にして、法花経を誦して、貴くて失にけりとなむ、語り伝へたるとや。

text/k_konjaku/k_konjaku12-38.txt · 最終更新: 2015/07/20 11:20 by Satoshi Nakagawa
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