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今昔物語集

巻12第12話 修行僧従砂底掘出仏像語 第十二

今昔、駿河の国と遠江の国との堺に、一の河有り。大井河と云ふ。其の河上に、鵜田の郷と云ふ所有り。此れ遠江の国の榛原の郡の内也。

而るに、大炊の天皇の御代に、天平宝字二年と云ふ年の三月の比、仏の道を修行する一人の僧有て、此国を経て、鵜田の郷の河辺を行き過る時に、砂の中に音有て云く、「我れを取れ、我れを取れ」と。此の僧、此の音を怪び思て、徘徊する間、此音止まらず。僧、此の音を何れの所と云ふ事を知らずして求むるに、人無し。適ま此の音を沙の中に聞き成しつ。僧、「此れ若し死人を埋めるが、活(いきかへり)て云ふか」と思て、掘て見れば、薬師仏の木像掘出し奉れり。高さ六尺五寸也。左右の手闕け給へり。

僧、此れを見るに、「然(さ)は、此の仏の御音也けり」と思ふに、悲くて泣々く礼拝して云く、「我れ、我が大師の在ますか。何の過在ましてか、此の水難に値給へる。縁有て既に我れに値給へり。我れ、修理を加奉るべし」と云て、忽に知識を曳て、物を集めて、仏師を雇て、此れを修理し奉て、彼の鵜田の郷に道場を造て、此の像を安置して供養し奉りつ。今、此れを鵜田寺と云ふ此れ也。

其の後、此の仏、霊験掲焉なる事限無し。光を放ち給ひけり。其の国の人、願ひ求むる事有て、此の薬師仏の御許に詣て祈り請ふに、必ず其の願を満て給ふ事疑ひ無し。然れば、国の内の道俗男女、首を低(かたぶけ)て恭敬し奉る事限無し。

其の仏、本何にして沙の中に在ましけりと云ふ事を知らず。現に物を宣へる仏也。心有らむ人は、必ず詣て礼奉るべき仏也となむ語り伝へたるとや。

text/k_konjaku/k_konjaku12-12.txt · 最終更新: 2015/06/14 21:25 by Satoshi Nakagawa