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今昔物語集

巻10第9話 臣下孔子道行値童子問申語 第九

今昔、震旦の周の代に、魯の孔丘と云ふ人有けり。父は叔梁と云ふ。母は顔の氏也。此の孔丘を世に孔子と云ふ此れ也。身の長、九尺六寸也。心賢くして、悟り深し。

幼稚の時には、老子に随て、文籍を習ふに、悟得ずと云ふ事無し。長大の後には、身の才広くして、弟子、其の数多し。然れば、公に仕へては政を直し、私に行ては人を教ふ。惣べて、事として愚ならず。此に依て、国の人、皆首を低(たれ)て、貴ぶ事限無し。

而る間、孔子、車に乗て、道を行き給ふに、其の道に、七歳許の童、三人有て、戯れ遊ぶ。其の中に一人の童、戯れ遊ばずして、道に当て、土を以て城の形を造れり。其の時に、孔子、其の側に来り給て、童に語て云く、「汝等、速に道を避て、我が車を過すべし」と。童、咲て云く、「未だ聞かず、車を避る城をば。但し、城を去(さく)る車をば聞く」と。然れば、孔子、車を去て、城の外より過ぎ給ひぬ。

孔子、童に問て云く、「汝が姓名、何(いかに)ぞ」と。童、答て云く、「姓は長也。我れ、年八歳なるが故に、字無き也」と。孔子の云く、「汝ぢ、知れりや。何れの樹にか枝無き、何れの牛にか犢無き、何れの馬にか駒無き、何れの夫にか婦無き、何れの女にか夫無き、何れの山にか石無き、何れの水にか魚無き、何れの人にか字無きや」と。

童、答て云く、「枯れ木には枝無し。土牛には犢無し。木馬には駒無し。仙人には婦無し。玉女には夫無し。大山には石無し。井の水には魚無し。空城には人無し。小児には字無し」と。

孔子、此れを聞て、「此の童、只の者には非ざりけり」と思て、過ぎ給ひぬ。

又、孔子、道を行き給ふに、七八歳許の二人の童、道に値ひぬ。孔子に問て云く1)、一人の童の云く、「日の始めて出づる時は、日近し。日中に至りては、日遠し」と。一人の童の云く、「日の始めて出づる時は、日遠し。日中に至ては、日近し」と。先の童、亦返して云く、「日の出る時は熱くして、湯を探るが如し。日中に至ぬれば凉し」と。後の童、亦返て云く、「日の出る時は凉し。日中に至りぬれば、熱くして、湯を探るが如し。豈に、日の出づる時、□□□□日中を遠しと云はむや」と。此の如く、二人して諍て問ふと云へども、孔子、裁(ことわ)り給ふ事能はず。

其の時に、二人の小児、咲て云く、「孔子は悟り深くして、知らぬ事在さずとこそ知り奉るに、極めて疎にこそ在しけれ」と。孔子、此れを聞き給て、此の二人の童子を感じて、「只者には非ぬ者也けり」となむ、讃め給ひける。昔は、小児も此の如き、賢かりける也。

只、孔子、諸の弟子共を引具して、道を行き給けるに、道の辺なる垣より、馬の頭を指出て有けるを見給て、孔子、「此に牛の頭を指出たる」と宣ひければ、弟子共、「正しく馬を牛と宣ふ。怪き事也」と思けれども、「様有らむ」と思て、終道(みちすが)ら、各(おのお)の、「心得む」と思ひけるに、顔回と云ふ第一の御弟子、一里を行て、心得ける様、「日読の『午』と云ふ字を、頭を指出て書たるを、『牛』と云ふ字にて有れば、此の午の頭を指出たれば、『人の心を試む』とて、『牛』と宣ける也けり」と思て、師に問ひ申ければ、「然か也」とぞ、答へ給ける。

次々の御弟子共、次第に十六町を行てぞ、心得ける。然れば、人の心の疾き遅き顕(あらは)也。

孔子は、此く智(さと)り広く在しければ、世の人、皆首を低て、貴とび敬けるとなむ、語り伝へたるとや。

1)
底本頭注「問テ云クノ下脱文アラン」
text/k_konjaku/k_konjaku10-9.txt · 最終更新: 2017/03/19 12:56 by Satoshi Nakagawa
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