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今昔物語集

巻10第8話 震旦呉招孝見流詩恋其主語 第八

今昔、震旦の□の代に、呉の招孝と云ふ人有けり。心に悟り有けり。

其の人、若かりける時、宮の内より流れ出たる河の辺に行て遊けるに、木の葉の流れて下けるを見て、取て、見ければ、柿の葉の赤く紅葉たるに、詩を書たりけり。招孝、此れを見るに、女の手にて有り。「此れ、何なる人の、作て書たるならむ」と思ふに、誰れと知らねども、心ばせ、有様、思ひ遣られて、恋き事限無し。

終ひには、思ひに成て、為べき様も思(おぼ)えざりければ、其の詩を和して、其れも柿の葉に書て、其の河の水上に行て流しければ、宮の内に流れ入にけり。招孝、責て恋しかりける時は、彼の柿の葉の詩をぞ取出つつ、見て、泣ける。

然(さ)て、年来を経ける程に、宮の内に、打籠められて、徒に□□女御、員数(かずあまた)有けり。然れども、天皇、御覧ずる事も無かりけるを、天皇、「此等□□憑て、徒に年を送る。極て糸惜□□□□。少々を祖(おや)々に返して、男にも嫁(とつ)がせよ」と仰せ給て、少々返し給てけり。

其の中に、一人の女御有けり。形ち端正也。祖に返し給てければ、其の祖有て、彼の招孝を其の女御に合せて、聟としつ。然れども、招孝、彼の柿の葉に詩書たりける人のみ、誰とは知らねども、恋しく思えて、何(いか)にも異人に物云はむとも思はざりけれども、祖の為る事なれば、心にも非ず、聟に成て有けるに、此の妻の、思ふ様にて、哀れに心苦しく思えければ、彼の夜る昼る恋ひ悲つる、柿の葉に詩書たる人の事も、漸く思ひ忘れて有ける程に、女の男に云ける様、「其(そこ)、怪く物思ひたる気色にて見えしは、何なりし事ぞ。其の事、我れに隠さず云へ」と。

招孝、答て云く、「我れ、早う宮の外にして、河の流れに遊びしに、水の上に木の葉の有りしを、取りて見しかば、柿の葉の赤く紅葉たりしに、女の手にて一の詩を書たりき。其れを見て後、『其の手の主に合はむ』と思ふに、誰と知らねば、尋ぬべき方無くて、合ふべき様の無ければ、今日、今に忘る事無し。然れども、君と親く成て後は、事の外に思ひ噯(なぐさめ)ぬる也」と。女、此れを聞て云く、「其の詩は何が有し。亦、其の詩の和や作たりし」と。招孝、「然有き。思ひ遣しに、『宮の内の女、作たるにこそ』と思しかば、其の水上に行て、和を作て、『自然ら見る事もや有る』とて流してき」と答ければ、女、此の事を聞くに、涙落て、契の愚かならぬ事を知て、招孝に云く、「其の詩は、自ら作て書たりし也。和の詩、亦、後に我れ見付たりしかば、于今、我が許に有」と云て、各取出して見れば、我が手にて有れば、「浅き契には非ざりけり」と知て、泣々く弥よ契けり。

女の云く、「我れ、此の詩を作りし事は、我れ、天皇の召に随て、宮の内に参たりきと云へども、天皇に見え奉る事無くて、徒に月日を送りし事を歎て、河の辺に遊びしに、一の詩を作て、柿の葉に書て、河に流してき。後に、亦、其の河の辺に行たりしに、磐の迫(はざま)に流れ留たる木の葉を、取上て見しかば、一の詩を只柿の葉に書たりき。『若し、我詩を見付たりける□□□□□思て、取て置たる也」とぞ。男、此れ□□忍び難く思けむ。

然れば、「夫妻の契、前の世の宿世也けり」とぞ、互に思けるとなむ、語り伝へたるとや。

text/k_konjaku/k_konjaku10-8.txt · 最終更新: 2017/03/15 11:44 by Satoshi Nakagawa
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