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今昔物語集

巻10第6話 唐玄宗后上陽人空老語 第六

今昔、震旦の唐の玄宗の代に、后・女御、員数(あまた)御(おはし)けるに、或は、寵愛し給ふも有り。或は、天皇に見え奉る事無けれども、皆、宮の内にぞ候ける。

而る間、或る公卿の娘ども、並無く、形ち美麗に、有様微妙(いみじ)き有けるを、天皇、聞給て、懃(ねんごろ)に召す。父母、否(え)惜しまずして、娘の年、□□□□奉てけり。其の参りの有様、厳き事限無し。其の国の習として、女御に参ぬる人は、亦、罷り出る事無かりける。父母、別る事を歎き悲びけり。

然(さ)て、其の女御は、天皇の御ます同内にも非ず、離れて別なる所にぞ候ひ給ける。其の所の名をば、「上陽宮」とぞ云ける。其に、何なる事か有けむ、其の女御、参給けるより後、天皇、召す事も無く、御使だに通はざりければ、只、つくづく1)と宮の内に長め居給へりけるに、暫は、「今や、今や」と思ひ給けるに、年月、只過に過て、微妙かりし形も漸く衰へ、美麗也し有様も悉く替にけり。家の人は、参り給ひし当初(はじめ)には、「我が君、内に参り給なば、我等は必ず恩を蒙るべき者也」と思けるに、本意無く思ける事限無し。

此の天皇の召し人は、「何が」とだに思し出でぬ事は、他の女御達の、此の女御の形の美麗並び無ければ、劣るべきに依て、謀を成して、押籠たりけるにや。亦、国、広くして、政、滋ければ、天皇も思ひ忘にけるを、驚かし奏する人の無かりけるにや。世の人、極(いみじ)く怪び思けり。

此(かく)て、天皇に面をも向はずして、歎き給けるに、幽(かすか)なる宮の内にして、数の年を積みて、年月に副て、十五夜の月を見る毎に、計ふれば、我が年は若干に成にけり。春の日、遅して暮れず。秋の夜、長くして曙難し。而る間、紅の顔は、有し匂に非ず。柳の髪は、黒き筋も無し。然れば、「疎き人には見えじ」と恥じ給けり。

然て、十六歳にて参り給ひしに、既に六十2)に成り給にけり。其の時に、天皇、「然る事も有しぞかし」と思し出て、悔ひ給ふ事限り無かりけり。然れば、「何でか見えでは止なむ」とて、召けれども、恥て、参り給はずして止にけり。此れを上陽人と云ふ。

「物の心、知たらむ人は、此れを見て心も付がし」とて、此なむ、語り伝へたるとや。

1)
底本頭注「ツクヅク一本ツラツラニ作ル」
2)
底本頭注「六十ノ下一本歳トアリ」
text/k_konjaku/k_konjaku10-6.txt · 最終更新: 2017/03/14 14:16 by Satoshi Nakagawa
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