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今昔物語集

巻10第5話 漢元帝后王照君行胡国語 第五

今昔、震旦の漢の元帝の代に、天皇、大臣・公卿の娘の、形ち美麗に、有様微妙(いみじ)きを撰び召つつ見給て、宮の内に皆居へて、其の員五百人と有ければ、後には余り多く成て、必ず見給ふ事も無くてぞ有ける。

而る間、胡国の者共、都に参たる事有けり。此れは、夷の様なる者共也けり。此れに依て、天皇より始め、大臣・百官、皆、此の事を繚(わづらひ)て、議するに、思ひ得たる事無し。但し、一人の賢き大臣有て、此の事を思得て、申ける様、「此の胡国の者共の来れるは、国の為に極て宜からぬ事也。然れば、構へて、此等を本国へ返し遣む事は、此の宮の内に、徒に多く有る女の、形ち劣れらむを、一人、彼の胡国の者に給ふべき也。然らば、定めて喜むで返なむ。更に、此れに過たる事有らじ」と。

天皇、此の事を聞給て、「然(さ)も」と思給ければ、自ら此等を見て、「其の人を」と定め給ふべけれども、此の女人共の多かれば、思ひ煩ひ給ふに、思得給ふ様、「数(あまた)の絵師を召て、此の女人共を見せて、其の形を絵に書かしめて、其れを見て、劣れらむを胡国の者に与へむ」と思ひ得給て、絵師共を召て、彼の女人共を見せて、「其の形共を絵に書て持参れ」と仰せ給ければ、絵師共、此れを書けるに、此の女人共、夷の具と成て、遥に知らぬ国へ行なむずる事を歎き悲て、各、「我も、我も」と、絵師に、或は金銀を与へ、或は余の諸の財を施ければ、絵師、其れに耽て、弊(つたなき)形をも吉く書成して持参たりければ、其の中に王照君1)と云ふ女人有り。形、美麗なる事、余の女に勝たりければ、王照君は我が形の美なるを憑て、絵師に財を与へざりければ、本の形の如くにも書かずして、糸(い)と賤気に書て、持て参りければ、「此の人を給ふべし」と定められにけり。

天皇、怪び思給て、召て此れを見給ふに、王照君、光を放つが如くに、実に微妙じ。此れは給の如く也。余の女人は、皆、土の如く也ければ、天皇、驚き給て、此れを夷に給はむ事を歎き給ける程に、日来を経けるに、夷は、「王照君をなむ給ふべき」と自然ら聞て、宮に参て、其の由を申ければ、亦、改め定めらるる事無くて、終に王照君を胡国の者に給てければ、王照君を馬に乗せて、胡国へ将行にけり。

王照君、泣き悲むと云へども、更に甲斐無かりけり。亦、天皇も、王照君を恋ひ悲び給て、思ひの余りに、彼の王照君が居たりける所に行て、見給ければ、春の柳、風に靡き、鸎、徒然(つれづれ)に鳴き、秋は木の葉、庭に積りて、檐の□□隙(ひま)無くて、物哀なる事、云はむ方無かりければ、弥よ恋ひ悲び給けり。

彼の胡国の人は、王照君を給はりて、喜むで、琵琶を弾き、諸の楽を調てぞ将行ける。王照君、泣き悲び乍ら、此れを聞てぞ、少し噯(なぐさ)む心地しける。

既に、本国に将至にければ、后として傅(かしづ)ける事限無し。然れども、王照君の心は、更に遊(うかれ)ずもや有けむ。

「此れ、形を憑て、絵師に財を与へざるが故也」とぞ、其の時の人、謗けるとなむ、語り伝へたるとや。

1)
王昭君。底本頭注「照一本昭ニ作ル下同ジ」
text/k_konjaku/k_konjaku10-5.txt · 最終更新: 2017/03/12 03:18 by Satoshi Nakagawa
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